南大沢キャンパスの南門脇にある銅像。これは誰の像で、なぜここにあるかはご存知でしょうか。
「川田像」と呼ばれるこの像のモデルは、「川田正澂」(かわだ まさずみ)という人物です。彼は1926年、東京府立第一中学校(現:都立日比谷高校)の校長を務めていた当時、卒業生の進学先確保のため、同中学校を7年制高校に昇格する運動をおこしました。結果としては、他の府立中学校にも門戸を開く関係上、府立一中の昇格ではなくなったものの、1929年に7年制高校「府立高等学校」(尋常科4年、高等科3年)が設立されました。
その初代校長には府立一中の校長と兼任で川田正澂氏が就任、校舎も麹町区永田町の府立一中の校舎を間借りしていました。その後1932年には、校舎が府下荏原郡碑衾町、いわゆる目黒の柿の木坂(のちの旧東京都立大学目黒キャンパス)に移転しました。
この「府立高等学校」(1943年、東京都発足に伴い「都立高等学校」に改称)の高等科こそが、旧東京都立大学の前身の一つでした。
このように、旧東京都立大学の前身となる「都立高等学校」の成立に大きな役割を果たしたのが、川田正澂氏でした。だからこそ、この「川田像」が南大沢キャンパスに設置されているのです。