都市研究センター-旧東京都立大学による都市研究-

旧東京都立大学の理念としての「都市研究」

1948年7月に文部省(当時)に提出された旧東京都立大学の大学設置要綱案には、「都民のための大学として都市文化の向上を目指し、都市生活に必要な学術を教授研究し、知的道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」と述べられています。この文言自体は文部省の添削を受けて改められましたが、大学側は「都市問題の解決」に重きを置いていた、ということは出来るでしょう。

その実態として、人文学部には「都市社会学」、「東京都史」、「都市行政学」、理学部では「都市地域学」、工学部では「交通工学」や「都市計画学」、といった講座が、都市問題の解明のため開学当初からすでに設置されていました。このように、旧東京都立大学にとって「都市研究」は、書類上だけでなく、開学当初からの一大テーマであったことが見て取れます。

なお、後年首都大学東京に「都市教養学部」が設置された時、「都会のみに目を向け、農村を置き去りにしている」などの批判もあったようですが、これらの歴史を踏まえると、実は「旧都立大の理念を色濃く引き継いだもの」ということもできるでしょう。

「都市研究センター」の発足

さて、この「都市研究」の研究拠点として、1977年に設置されたのが、「都市研究センター」です。これは旧東京都立大学の都市研究関連の講義を担当した学内の研究者が、文理問わず、学部の枠組みを越えて集まって結成した研究グループが公的なものとなり、発足したものです。この「都市研究センター」は、「東京を中心と知る大都市の基礎的総合的研究」を研究の総合テーマとし、「大都市居住問題の総合的研究」「震災予防に関する総合的研究」「都市問題に関する研究方法論」のサブテーマがありました。

「都市研究センター」から「都市研究所」へ

続いて1982年には、この都市研究センターを、専任研究員をもつ研究所とする計画の検討が始まりました。そのなかで研究計画として「大都市地域における都市問題」「大都市居住の環境整備」「震災予防」「都市研究方法論」の4つをあげ、また課題として「国際的活動の推進」「国内の都市研究機関との協力の推進」「東京都をはじめとする自治体との協力の強化」「都市問題に関する文献・資料の収集・整理・提供」「都市問題に関する教育活動及び研究者の養成」を挙げました。特に最後の部分はのちの都市科学研究科へとつながるものでした。このような動きを経て、1984年には研究室2部屋と事務室が用意され、専任研究員が着任しました。

さらに大きな転機は、1991年のキャンパス移転です。これにより、本部棟3階に研究施設を設定、都市研究所としての組織が確立、94年には大学院の修士課程、96年には博士課程が設置されました。当時は対応する学部が存在していなかったため、独立大学院という位置づけでした。同96年にはキャンパス内にあった都民カレッジがパオレビルに移転したため、都市研究所と都市科学研究科がこの都民カレッジ棟(現2号館)に移転しました。

首都大学東京での「都市研究」

この都市研究所と都市科学研究科は、首都大学東京に引き継がれ、さらに都市教養学部都市政策コースが新設されたことにより、学部生の受け入れも始まりました。同コースが都市教養学部の中に配属されたことは、同学部が旧人文学部から旧理学部までと、文理とも含んでいたということが、文理の垣根を越えて「都市研究」を行ってきた「都市研究所(センター)」の歴史・理念と符号していた、ということと密接に関連していると推測できます。

一方で学部再編が行われた2018年からは、学部を移し、都市環境学部の都市政策科学科へとつながっています。

 

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