第二次火星独立戦争 5
深山わたる

5『軌道戦闘』



二二二二年一二月八日一三時三〇分UTC

 艦隊司令部の卓状ディスプレイに表示された軌道図には、火星に向かう第二九特別任務艦隊と、後方からそれを追う敵艦隊F1を示したアイコンが描かれていた。
第二九特別任務艦隊を示すアイコンの横には、マイナスの数値が表示されている。加速度の数値だ。太陽周回軌道から火星周回軌道に遷移するために、第二九特別任務艦隊の各艦は減速噴射を行っていた。一方、F1を示すアイコンの横に表示された数字は、概ねゼロであった。彼らは減速噴射をしていない。第二九特別任務艦隊とF1の位置が、刻一刻と近付いていく。
第二九特別任務艦隊司令官であるケーオナワラット・ポーサワン中将は、それを眺めながら思案する。敵艦隊が火星周回軌道に遷移するつもりなら、そろそろ減速噴射を開始していないとおかしい頃だった。このままでは火星系を通り過ぎてしまう。
ポーサワン中将の隣に座った航行参謀のヴィンセンテ・ラウレル少佐が、卓状ディスプレイを覗き込んだ。
「F1はまだ減速噴射を開始していないようですね。火星系を通り過ぎて、地球から派遣される艦隊と合流するつもりでは」
「あるいは火星系に辿り着く前に我が艦隊を叩くつもりか」
「しかし、F1は規模が小さすぎます。この段階で我が艦隊を攻撃するとは考えにくいのでは。やはり火星系を地球側に通り抜け、地球から派遣される艦隊と合流すると考えます」
 ラウエル少佐が言った。
 F1の構成は戦闘艦が三隻、巡航艦が一隻、攻撃艦が二隻、爆撃艦が二隻、補給艦が二隻というものだ。地球から大規模な艦隊が来るまでの繋ぎとして派遣された艦隊なのか、三六隻の艦を有する第二九特別任務艦隊に比べればはるかに小規模だった。
「私はポーサワン司令の考えに賛同する」
 ポーサワン中将の向かいに座った、情報グラスを掛けた長身痩躯の男が言った。ストラテジー・コーディネート社から派遣された作戦参謀、ギナンジャール・ブルエ大佐だ。
 ブルエ大佐は続ける。
「我々が火星に到着してすぐに軌道基地の攻略に乗り出すつもりであることは、敵も承知しているだろう。ゆえに火星に到着する前に攻撃を加えて体勢の立て直しを強要し、地球から大規模な艦隊が来るまでの時間を稼ぐ、という発想は自然だ」
 砲雷参謀のモハメド・ガザリ中佐が頷いた。
「F1は数こそ少ないが第二九艦隊を攻撃するのに有利な位置を占めつつある。十分な数のミサイル攻撃を受ければ、無傷というわけにはいくまい」
 減速中の宇宙艦艇が後方の敵を攻撃するのは難しい。ミサイルは宇宙艦艇よりも加速力は高いが、加速時間は短い。だから全力で減速している宇宙艦艇から発射されたミサイルは、目標に当たる前に発射した宇宙艦艇に追いつかれてしまうのだ。まだF1との距離が遠すぎるためレーザー砲による攻撃も出来ない。一方でF1はこちらににいくらでもミサイルを撃ち込むことが出来る。
 次席参謀のウン・ヴァタナク中佐が卓状ディスプレイを叩く。
「火星駐留艦隊とF1とで我々を挟撃する可能性も高いな。その場合、損害はもっと大きくなるだろう。その場合、地球からさらなる増援が来る前に体勢を立て直せるだろうかな」
 火星にはヨーロッパ宇宙軍の艦艇が八隻、アメリカ宇宙軍の艦艇が一〇隻、残存していた。小型のレーザー艇やミサイル艇がほとんどだが、一斉に攻撃されれば大きな脅威となる。
 ブルエ大佐が言った。
「挟撃の可能性を前提に対策を取るべきだろうね。この際、火星に到着するのが多少遅れるのも仕方ないと考えるべきだろう」
 ポーサワン中将は腕を組む。
「そうだな。通信員、火星諸国連合に到着が遅れると申し伝えておいてくれ」
 通信文の草案を作成し通信員に送ると、ポーサワン中将は参謀たちの方に向き直った。この戦いは、木星軍事機構の戦力がアメリカ宇宙軍やヨーロッパ宇宙軍の戦力と衝突する最初の戦いになる。第二九特別任務艦隊の参謀たちは、このためにポーサワン中将が選りすぐった優秀な軍人たちだった。
「では諸君、時間は少ないだろうから会議は手短に行こう」



二二二二年一二月八日一四時二〇分UTC

 艦隊司令部が意志を決定し、それが基地艦《ヴァルハラ》から伝達されると、第二九特別任務艦隊各艦は行動を開始した。
 第二九特別任務艦隊を構成する三六隻の宇宙艦艇は、太陽周回軌道から火星周回軌道に遷移するためにしていた減速噴射を一斉に停止した。ゆっくりと艦体を反転させて核融合エンジンを後方に向けると、再び噴射する。艦隊は火星に向けた加速を開始した。
 さらに各艦はミサイル発射システムからミサイルを放出した。放出された五〇発あまりのミサイルは、その場では噴射を開始せずに宇宙空間を慣性飛行をする。艦隊が加速しているため、その場に取り残される形となった。
 またほぼ同時に火星諸国連合宇宙軍司令部から第二九特別任務艦隊司令部に報告が入り、火星周回軌道上のデラニー軌道基地と《ラケダイモン》から宇宙艦艇が出航し、火星周回軌道外縁に占位したことが判明した。F1と共に第二九特別任務艦隊を挟撃するつもりであるのは明白だった。
 後方の敵艦隊F1、正式名称・第一火星派遣艦隊は、派手な噴射炎により第二九特別任務艦隊が加速を始めたことを知り、相手が自分たちの作戦に気付いたことに気付いた。このままでは逃げられてしまうと考えた敵艦隊F1は、第二九特別任務艦隊を追うようにして加速を開始した。
 火星周回軌道上の艦隊(第二九特別任務艦隊は敵艦隊F2と仮称した)は急速に接近してくる第二九特別任務艦隊に向かって五〇発ほどのミサイルを発射した。ポーサワン中将はこれが小型の爆弾や弾丸を巻き散らす拡散弾頭ミサイルであると踏んだ。命中率が低い破砕弾頭ミサイルや貫通弾頭ミサイルは、狭隘な惑星周回軌道上で使うための兵器だからだ。だから第二九特別任務艦隊は艦隊を上下左右方向に展開させた。各艦の間隔が徐々に広まっていく。
また各艦は赤外線デコイと光学デコイ、対レーダーデコイを発射し、電磁波と金属片で宙域を埋め尽くした。
 F2が発射したミサイルは、ポーサワン中将の読み通り拡散弾頭ミサイルであった。それらの大半は第二九特別任務艦隊が散布した電磁波と金属片によって誤作動を起こし、そのかなり手前で爆発した。ミサイルから爆弾ないしは弾丸が円形に散布されたが、艦隊かと距離が十分に遠かったこと、艦隊の密度が十分に低かったことから損傷を受けた艦はほとんど無かった。
 残存したミサイルは第二九特別任務艦隊の直近で爆発した。ほとんどの子爆弾と子弾丸はレーザー近接防御システムにより迎撃されたが、軽戦闘艦《オイシン》と軽戦闘艦《ペルーン》、重雷撃艦《カネヘキリ》が損傷を受け、航行不能に陥った。これらに対しては救助艦《カラニッシュ》を動員して乗員の救助に当たらせた。
 ミサイル攻撃を凌ぐと、第二九特別任務艦隊各艦は加速噴射を停止し前方に破砕弾頭ミサイルを投射した。今度のミサイルは全力で加速噴射をして、敵艦隊F2に向かっていく。
 また同じ頃、先刻に第二九特別任務艦隊が放出した五〇発のミサイルに、敵艦隊F1が追いついた。ミサイルは噴射光を発していなかったため、F1はその接近に気付くことが出来なかった。F1の接近を察知したミサイルは強力な噴射でF1の艦艇に接近し、その間近で爆発した。大量の弾丸が巻き散らされ、F1の半数近くが戦闘不能に陥った。
 しばらく経ち、敵艦隊F2に向かって発射したミサイルが火星系に到達した。F2各艦は各種デコイを発射しながら散り散りになって逃げたが、加速力の低いレーザー艇やミサイル艇が何隻か餌食になった。
 敵艦隊F1にも敵艦隊F2にも攻撃能力は残っていなかった。損害を最小限に抑えた第二九特別任務艦隊は一旦、高速で火星系を通り過ぎると、減速噴射を開始、火星周回軌道への遷移に移った。
 火星系外縁挟撃戦は、木星軍事機構の勝利に終わった。



二二二二年一二月一〇日一時二〇分UTC

 火星系に侵入した第二九特別任務艦隊各艦は、分散して周回軌道上に停泊した。艦隊のうち二〇隻は基地艦《ヴァルハラ》に、七隻はマクラウド軌道駅に、七隻はマッサリア軌道駅に、六隻はエマーソン軌道駅に繋留された。
 航行不能に陥った三隻の艦のうち、《カネヘキリ》は自力で回復して火星系まで航行し、《ペルーン》は救助艦の押航で火星系まで到達したが、損傷が大きかった《オイシン》は修理不能と判断され、乗員を救助した後に放棄された。
 大破した《オイシン》から救助された艦長のカナ・カンザキ少佐は屈辱に顔を歪めていた。ニューロデバイスによって感情を抑制しているので、涙を流すことはない。しかし目的地に到着する前に乗艦を失うのは、惨めとしか言いようが無かった。
 もちろん、これは純粋な確率の問題であって少佐の能力の問題ではない。たまたま赤外線デコイと光学デコイ、対レーダーデコイの網をすり抜けてきたミサイルが、たまたまカンザキ少佐の乗艦に向かってきただけなのだ。
 だがそう自分に言い聞かせても屈辱は晴れなかった。ほとんど怪我をしていないにも関わらず、救助艦《カラニッシュ》の救護室ではずっと顔を俯けていた。
 艦隊が火星系に到着し、《カラニッシュ》が《ヴァルハラ》に停泊すると、カンザキ少佐は司令官執務室に呼び出された。
《アスガルド》級基地艦は軌道基地に匹敵する指揮・整備・補給・製造・備蓄能力を持った宇宙艦艇だ。主エンジンを停止し繋留シャフトを展開すれば、そのまま宇宙基地になる。無論、全長が《ダルダヌス》級重戦闘艦の三倍を超える巨艦であり、内部には医療施設や備蓄施設、娯楽施設まで備えている。
 カンザキ少佐はその一画に置かれた司令官執務室に入室した。
 少佐が敬礼すると、ポーサワン中将が言った。
「カンザキ少佐、先程の戦闘ではご苦労だった。乗艦を失ったそうだな。残念なことだ」
「はい、ありがとうございます」
 中将の労いに対し、少佐はしかし暗い声で答えた。
 中将は続ける。
「私も乗艦を失ったことがあってね。あれは辛いことだ。しかし君の場合は気にしなくても良い。あれは運が悪かっただけだ。誰も君のせいにはしない。むしろ責任を問われるべきは、もっとましな回避手段を思いつかなかったこの私だ」
「い、いえ、そんなことは……」
「君のことは色々と報告を受けている。ゼノディフェンス社にも滅多にいない優秀な士官だとね。これまでの戦闘で戦果を上げるには運が重要だったが、これからの戦闘で戦果を上げるには実力が必要となる。というわけで、君にはこれからも艦長として任務に就いて貰うことになった」
「は」
 乗艦である《オイシン》は失われたので、別の誰かから艦を貰い受けることになるのだろう、とカンザキ少佐は思った。
 しかしそれは違った。
 ポーサワン中将が手招きするので執務机に寄ってみると、その天板には宇宙空間に浮かぶ一隻の戦闘艦が映し出されていた。アメリカ宇宙軍の最新鋭戦闘艦、《エンタープライズ》級だ。
 ポーサワン中将が言った。
「《エンタープライズ》級戦闘艦六番艦《エンデヴァー》だ。知っての通りこれはアメリカの船だが、火星諸国連合軍がマクラウド軌道駅を占拠した折に接収した。艦載知能の掌握に時間が掛かっていたが先頃に成功してね。第二九特別任務艦隊に編入される運びとなった。この艦を君に預けたい。火星諸国連合軍の提案で《デウカリオン》に改名されるそうだ」
 これはカンザキ少佐にとって予想外の喜びだった。それまで乗っていた旧式の軽戦闘艦で出来るのは重戦闘艦の補助程度だが《エンタープライズ》級戦闘艦であれば最前線で戦うことが出来る。
 カンザキ少佐は勢いよく敬礼した。
「は。了解しました!」
 ポーサワン中将の携帯端末から詳細な情報を受け取ったカンザキ少佐は、意気揚々と司令官執務室を辞去した。



二二二二年一二月一〇日一〇時〇〇分UTC

 第二九特別任務艦隊が火星に運んできたのは、宇宙戦力だけでは無い。重輸送艦《ロンゴテウス》と《ヴェラルデン》には大量の兵員と装備と物資が積載されていた。それらはマクラウド軌道駅に移乗すると、軌道貨物機で地上に下ろされた。
 強力な兵士と装備が到着したことで、火星諸国連合地上軍はにわかに活気づいた。重要都市と重要施設のいくつかをアメリカ宇宙軍とヨーロッパ宇宙軍に占領され、負けが込んでいたのだ。
 天刑軍事供応公司から派遣された木星軍事機構地上部隊が最初に乗り出したのは、アメリカ宇宙軍に占領されたボラッタ市の再占領であった。ボラッタ市は大規模な宇宙港が存在するスキアパレッリ市にほど近く、ここを敵に掌握されていることは大きな脅威であったのだ。
 彼らはスキアパレッリ市に簡易司令部を打ち建てると、兵士と車両をボラッタ市に向かわせた。再びボラッタ市とその周辺で地上戦が発生した。強力な兵士と装備であったが、たった二隻の輸送艦で派遣されたものであるため、物量には限りがあった。戦力が拮抗しボラッタ市街戦は長期化の兆しを見せた。
 また第二九特別任務艦隊は火星諸国連合軍に宇宙艦艇の推進剤を提供した。基地艦《ヴァルハラ》に次ぐ巨体を誇る重補給艦《カパネウス》から、仮設戦闘艦に推進剤が補給された。
 フェリシア・マルティネス防衛大臣はスピリティア市庁舎の執務室でそうした報告を聞く度に、肩の荷が下りる思いがした。ひとまずは木星軍事機構の到着まで耐えることが出来たのだ。
 しかし、マルティネスはすぐに気を引き締め直す。これは自分たち、火星領有地市民の戦いなのだ。木星軍事機構は様々な支援をしてくれるはずだが、それはあくまで手伝いに過ぎない。あくまで自分たちの手で勝利するという意思が無ければ、独立したとしても木星系統治複合体の言いなりになってしまうだけだ。
 連絡員が執務室の扉を叩いた。
 マルティネスは卓上端末を操作し、扉を開ける。
「防衛大臣、準備が出来ました」
「わかりました」
 マルティネスは返事をすると執務机から立ち上がり、連絡員に付いて行った。スピリティア市庁舎を出て、用意された磁動車に乗り込む。磁動車が、車道に埋め込まれた超伝導磁石の作用で滑るように走り出した。
 窓ガラスの向こうに広がる風景を眺める。直径五〇〇m、高さ五〇mの扁平なドームの中に築かれた都市だ。どの設備も施設も古ぼけていて、整備も清掃も行き届いていない。マルティネスは空に目を向けたが、薄汚れた天井に視線を阻まれた。
 磁動車はやがてドームの端にある都市間リニア鉄道の駅に到着した。マルティネスは磁動車を降り、駅に入る。いつもは賑わっているスピリティア駅も、戦争中はひっそりとしている。
 これからマルティネスはスキアパレッリ市に移動し、軌道輸送機で宇宙に出る。そして木星軍事機構の基地艦《ヴァルハラ》に移乗し、戦いを見届けるのだ。
 この戦いを、火星領有地市民のものとするために。



二二二二年一二月一二日一〇時〇〇分UTC

 火星系外縁挟撃戦からしばらく経った頃、敵艦隊F1およびF2がデラニー軌道基地と《ラケダイモン》に収容されるのがマッサリア軌道駅から確認された。両艦隊には整備と補給が必要な艦艇が多く、再び動きがあるのは当分先であろうと思われた。
 補給と整備が必要なのは第二九特別任務艦隊も同じなので、次の戦いはしばらく先になる見通しだった。
 カナ・カンザキ少佐は戦闘艦《エンデヴァー》改め《デウカリオン》の発令所に入室した。最初に訪れた時にも思ったが、《デウカリオン》の艦内には違和感を覚える。《オイシン》の艦内とはレイアウトが違うのもあるが、《デウカリオン》の艦内の器物や構造は上下というものの存在を強固に感じさせるのだ。
 何となく居心地の悪さを感じながらも、カンザキ少佐は艦長席に着いた。発令所要員たちが敬礼で迎える。と言っても《オイシン》の発令所要員と同じ顔触れだ。カンザキ少佐はそのことに安心感を抱いた。乗艦は失われたが、乗員はほとんど失われなかった。
 手元の携帯端末を起動し、艦の状態を確認する。ユーザーインターフェースは木星軍事機構のものに変更されていたので、違和感なく操作することが出来た。
 正面の共有ディスプレイを見る。眼下に浮かぶ火星に、頭上に広がる宇宙。二年前まで親しんでいた光景だ。
 カンザキ少佐は宣言した。
「《デウカリオン》、出航!」
 通信員がマクラウド軌道駅の管制室と交信する。
機関長の操作で核融合エンジンが点火した。
観測員が周辺宙域の安全が確認されたことを報告する。
航行長の操作で初期加速用エンジンが噴射された。
 繋留シャフトを離れた《デウカリオン》が、マクラウド軌道駅から少しずつ離れていく。十分に距離が離れた頃にはFR‐70型核融合エンジンの炉心プラズマが臨界温度に達していた。加速噴射が開始され、《デウカリオン》は急速に速度を上げた。
 今回の試験航行では、敵勢力圏を避けつつ火星の周りを一周する予定だった。艦載知能の掌握が不完全だった場合に備えて、武装は使用不能にしている。また襲撃された場合に備えて、《フオシェン》と《アラマズド》の二隻の軽戦闘艦が護衛に付いていた。
 今の所、《デウカリオン》は快調だった。乗員たちも、これまでとは勝手が違う船をよく動かしてくれている。
 カンザキ少佐は、まだ自分が軍人になるとは思ってもいなかった頃のことを思い出した。今日の航海に戦闘は無い。だからあの時の夢を叶えたつもりで、船を操ろうと思った。



二二二二年一二月一三日二三時三分UTC

 観測艦《リュクトス》の望遠センサーが、地球から火星に向かう多数の核融合噴射炎を捉えた。解析の結果、それがアメリカ宇宙軍とヨーロッパ宇宙軍の宇宙艦艇であることが確認された。
 マルティネスはそのことを、連絡艇から基地艦《ヴァルハラ》に乗艦した直後に知った。彼女は急いで司令部に向かおうとしたが慣れない無重力で上手く移動することが出来ず、結局《ヴァルハラ》の乗員に運ばれるようにして司令室に向かった。
 乗員に引っ張られながら司令部に入ると、ポーサワン中将が出迎えた。彼はやや呆れたような顔で言った。
「ようこそ、マルティネス防衛大臣。まさか本当にここに来るとは思っていませんでした。他の誰かに任せようとは思わなかったのですか?」
 マルティネスは体が床から浮かぶのを抑えようと試行錯誤しながら答えた。
「生憎と人材不足でして。宇宙軍司令官は『ヴァイキング作戦』にかかりきりだし。副司令官はもっと現場レベルの調整で忙しいし」
 結局、マルティネスはぷかぷかと浮かび出した。
 それを眺めながら中将は言う。
「この艦は『フェニックス作戦』では前線のかなり近くまで行く予定です。もちろんそう簡単に負けるつもりはありませんが、命の保証は出来ませんよ」
 だがマルティネスは気にしなかった。
「もちろん、覚悟の上よ。それに私を含めて火星諸国連合の閣僚と議員は民選された人間じゃないから、そんな権力者は早く死んだ方が民主主義には良いのではなくて?」
 ポーサワン中将は頭を掻いた。
「そういう権力者こそ長く生き残るべきではないかと思うのですがねえ……まあ、いいでしょう。失礼」
 彼はそう言うと、マルティネスの手を掴んで彼女を司令部の会議スペースまで引っ張った。そして出来るだけ丁寧に椅子に押さえつける。
卓状端末を操作し、画像を表示させた。黒い背景に、白い光点がいくつも散らばっている。
「もう報告は受けたと思いますが、地球から火星に向けて艦隊が出発しました。我々は敵艦隊F3と仮称しましたが、これはアメリカ宇宙軍とヨーロッパ宇宙軍による連合艦隊であると思われます。艦数は四四隻」
「私たちと同じぐらい?」
「我々の戦力は四〇隻ほどですが、うち九隻は仮設戦闘艦ですからね。あまり当てにしない方がいいでしょう。まあ、我が艦隊も数週間後には後続の艦群が到着しますから、数の差については気にしなくて良いと思います。また艦種についてですが」
「そんなことも分かるの?」
「ええ。噴射炎のスペクトルと強度を分析すれば艦級まで分かります。それで艦種は戦闘艦が一六隻、攻撃艦が六隻、爆撃艦が四隻、巡航艦が二隻、強行結合艦が二隻、狙撃艦が二隻、その他支援用艦艇が一二隻です。チェスタートン戦力係数にすれば、後続の艦群が合流した後の我々とほぼ同等です」
「それなりに強い、ということね」
「そうです。それに相手は最新鋭の戦闘艦である《エンタープライズ》級を二隻、《ミストラル》級を三隻投入しています。かなり手ごわいと思われます。我々が大艦隊で押し寄せたと知って、あちらも相当怒っているようですな」
「それは私たちにそれだけの価値があるということでもある。嬉しいわ」
「なかなかお強い方ですね、あなたは」
「楽観的なだけよ。それで、到着はいつぐらい?」
「およそ五週間後となる見込みです。『フェニックス作戦』を行うことを考えると、あまりのんびりはしていられませんな」
「なるほど。それで、どう戦うつもり?」
「火星周回軌道上で戦うと第三国の船に迷惑ですし邪魔なので外で戦うことになりそうです。それ以上はまだ何も。相手の出方次第でもありますし」
「わかったわ。敵艦隊の詳細な情報は火星諸国連合軍にも回しておいて下さい。新しい情報が判明したら、その報告もお願いします」
「承知しました」
 ポーサワン中将が敬礼をした。
 話が一段落すると、マルティネスは再び乗員に連れられて司令部を後にした。第二九特別任務艦隊の司令官がそれなりに信頼できそうな人物であることを知り、マルティネスはひと安心していた。



二二二二年一二月二〇日二三時三分UTC

 発令所正面の共有ディスプレイに、望遠センサーが捉えた《ラケダイモン》が映し出された。《ラケダイモン》はヨーロッパ宇宙軍が保有する全長1km、全幅2kmあまりの軌道基地だ。小型の小惑星が材料として使われていて、そに重力リングや繋留シャフト、観測クラスターや迎撃システムが設置されている。
左右に翼のように広がる繋留シャフトには、数隻の宇宙艦艇が停泊しているのが観測できた。また、周囲には警戒中のレーザー艇と見られる複数の船影が確認できる。
 分析員が報告した。
「《ラケダイモン》に停泊している各艦艇に、赤外線放射の上昇が見られます。こちらの接近を察知して主エンジンを点火したようですね。まもなく出航するものと思われます」
 また電子長が報告する。
「《ラケダイモン》から本艦への電子攻撃強度が上昇。本艦艦載知能処理能力、六二%圧迫。索敵能力、三〇%低下、通信能力、二二%低下。まもなく通信飽和に達します」
 数時間前にマクラウド軌道駅から出航した戦闘艦《デウカリオン》は、第三艦群を構成する他の艦と共に《ラケダイモン》に向けて加速していた。共有ディスプレイ上の軌道図を見ると、第三艦群の公転軌道順方向から第一艦群が、逆方向から第二艦群が《ラケダイモン》に向かっているのが分かる。
 通信員が言った。
「旗艦《ヴァルハラ》より命令。『フェニックス作戦』第二段階を開始せよ、とのことです」
 戦闘艦《デウカリオン》艦長、カナ・カンザキ少佐は応じる。
「了解。航行長、加速を停止、艦体を反転、減速を開始」
「了解。加速停止。艦体反転、減速開始」
 航行長の操作で《デウカリオン》は加速噴射を止め、艦体を回転させ始めた。各部の補助スラスターを噴射し、ゆっくりと前後を入れ替える。反転を終えると前方に向けた主エンジンを再び噴射し、乱数機動を取りつつ減速を開始した。
 第三艦群を構成する他の艦も、同様に反転減速を始めていた。目標の《ラケダイモン》からは、宇宙に突如として無数の光の華が咲き乱れたように見えるはずだ。
 カンザキ少佐は砲雷長に命じた。
「砲雷長、一番と四番のミサイルを発射」
「了解。一番ミサイルと四番ミサイルを発射」
 艦首の発射システムが開き、投下アームによって二発のミサイルが放出された。それらはエンジンを点火し、前方の《ラケダイモン》目掛けて飛翔して行く。
 観測員が報告する。
「《ラケダイモン》より宇宙艦艇一〇隻が出航。《ラケダイモン》駐留艦隊の全戦力と思われます。敵艦隊F4と呼称。F4は《ラケダイモン》周辺宙域に展開しつつあります」
 また通信員が報告した。
「デラニー軌道基地より宇宙艦艇四隻が出航したとの情報。《ラケダイモン》に向けて飛翔中。敵艦隊F5と呼称。《ラケダイモン》駐留艦隊に増援を派遣したものとの推察」
 ここまでの動きは、司令部が予測したものと同じだった。地上戦や海上戦と同じく宇宙戦にもセオリーというものがある。ひとまず状況はこのセオリー通りに進んでいた。カンザキ少佐は緊張に喉の渇きを覚え、カロリーゼリーのパックに口を付けた。甘ったるいだけのゼリーが口の中に流れ込む。
 ここまでは事前の計画に従うだけだったが、ここから先は艦隊同士が入り乱れる戦いとなる。自分で思考し、自分で決定しなければ艦を守れない。
もう二度と艦を失わないと、心に誓った。



二二二二年一二月二一日一時一〇分UTC

 敵艦隊F4が展開した三隻の《ボローニャ》級ミサイル艇《カタンザーロ》、《クロトーネ》、《コゼンツァ》が、合計三〇発あまりのミサイルを発射した。それらは三つの群に分かれ、接近する三つの艦群に向けて飛翔を開始した。
 また《ラケダイモン》からも、四〇発ほどのミサイルが発射された。それらは捕獲弾頭ミサイルで、周辺宙域に展開した味方艦艇の横を通り抜けて、先刻に第二九特別任務艦隊各艦が発射した破砕弾頭ミサイルに接近した。
捕獲弾頭ミサイルが遠心力で展開したネットの中に、破砕弾頭ミサイルが飛び込む。ネットは破砕弾頭ミサイルが触れると絡み付き捕獲弾頭ミサイルと破砕弾頭ミサイルが結ばれる。こうなれば破砕弾頭ミサイルは正常な航行が出来ない。捕獲弾頭ミサイルと共にくるくると回りながら、宙域を漂うこととなった。
数発の破砕弾頭ミサイルが残存し、艦隊F4に向かった。F4各艦は赤外線デコイや光学デコイ、対レーダーデコイなどの対抗手段を展開したが、《ゲッピンゲン》級レーザー艇の一隻《ザールルイ》が直撃を受け、戦闘不能に陥った。
しばらく後、第二九特別任務艦隊各艦群の近くでも、同じことが起こった。三隻の《ボローニャ》級が発射した破砕弾頭ミサイルの多くが、それに応じて各艦が発射した捕獲弾頭ミサイルのネットに飛び込んで航行不能に陥った。やはり数発の破砕弾頭ミサイルが残存し、各艦は各種デコイを展開したが、直撃を受けた軽戦闘艦《キニチ・アハク》が戦闘不能に、軽戦闘艦《キリクス》が航行不能に陥った。《キニチ・アハク》は進路を変更して宙域を離脱し、《キリクス》は戦闘停止を宣言し武装を投棄した。
この時点で《ラケダイモン》司令部は、平時から周辺宙域に展開していた破砕弾頭機雷を活性化させた。これを予期していた第二九特別任務艦隊の各艦は、《ラケダイモン》に向けて再び捕獲弾頭ミサイルを発射した。
ステルス性が重視された機雷であっても、核融合エンジンが一度点火すれば赤外線放射を抑えるのは難しくなる。捕獲弾頭ミサイルは機雷を検知すると、ネットを展開し、これを捕獲した。
一方、《ラケダイモン》はこの捕獲弾頭ミサイルに対して捕獲弾頭ミサイルを発射していた。これにより第二九特別任務艦隊が発射した捕獲弾頭ミサイルのおよそ半分が航行不能となった。
結局、《ラケダイモン》周辺に展開された機雷のうち半分が航行不能となった。また捕獲弾頭ミサイルが作動した場所から、機雷群の大まかな位置を割り出すことが出来た。第二九特別任務艦隊各艦は各種デコイを展開し、機雷群の中に突入した。
破砕弾頭機雷の機能は破砕弾頭ミサイルとほぼ同じだ。敵艦艇の接近を感知すると核融合エンジンを噴射して突進し、重金属の弾頭で叩き殺す。
結果として、第二九特別任務艦隊各艦のうち重戦闘艦《デンデラ》と軽戦闘艦《デアドラ》が戦闘不能に陥った。《デンデラ》は第二艦群の主力の一隻であり、手痛い損害であった。
第二九特別任務艦隊は第二、第三の機雷群を警戒してさらに捕獲弾頭ミサイルを投射したが、いずれも作動せず、これ以上の機雷群は存在しないという結論に達した。各艦は減速噴射を続け、《ラケダイモン》との相対距離と相対速度を詰めていく。
第二艦群の後方に控えた基地艦《ヴァルハラ》と重雷撃艦《カネヘキリ》がミサイルを発射した。今度は反応弾頭ミサイルと呼ばれる対基地攻略用のミサイルだ。このミサイルに対しても《ラケダイモン》は捕獲弾頭ミサイルを発射し、三分の二ほどを航行不能にすることに成功した。残存した反応弾頭ミサイルは一直線に《ラケダイモン》に進み、その間近で爆発した。
軌道基地を無傷で接収するのは難しい。破砕弾頭ミサイルでは威力が強すぎるため基地設備を破壊してしまう。拡散弾頭ミサイルではデブリが発生するため国際社会から非難される。そこで開発されたのが反応弾頭ミサイルだ。
反応弾頭ミサイルには低出力のレーザー核融合爆弾が搭載されており、小規模な爆発を起こして熱線を放射する。この熱は軌道基地の放熱システムを熱することで熱制御能力を奪い、基地全体のパフォーマンスを著しく低下させる。また通信機器や観測機器などのデリケートな機材を損傷させる効果もあった。
この攻撃により、《ラケダイモン》は通信能力の一割、観測能力の二割、演算能力の三割を失った。第二九特別任務艦隊に対する電子攻撃の強度も下がり、艦載知能のパフォーマンスが向上する。
これに対して敵艦隊F4が動いた。三つの群に分かれ、三方向から近付く第二九特別任務艦隊各群に向かってゆっくりと加速を開始する。この時点で第二九特別任務艦隊と《ラケダイモン》の相対速度はほぼゼロであった。
二つの艦隊、六つの艦群の軌道が交差する。
滅多に見ることの出来ない、相対速度ほぼゼロでの宇宙艦隊同士の殴り合いが始まった。


二二二二年一二月二一日三時四〇分UTC

「《ヴァルハラ》の艦隊司令部より通達。武器の自由使用を許可する! 武器の自由使用を許可する!」
 通信員が報告する。
それを聞いたカンザキ少佐は緊張を覚えた。戦闘が遠距離での砲撃戦から近距離での格闘戦に移行したのだ。もう司令部からの命令を当てにすることは出来ない。ここから先の勝敗は、艦長と乗員の実力に依拠する。
 再び通信員が報告した。
「《キシャール》の艦群司令部より通信。戦闘艦《デウカリオン》は重戦闘艦《キシャール》、軽攻撃艦《ワバッソ》と共に強行結合艦《スタルドン》を護衛せよとのこと」
 カンザキ少佐は共有ディスプレイの軌道図に目を遣った。《ダルダヌス》級重戦闘艦《キシャール》は《デウカリオン》のすぐ隣を航行していた。また《サヴィトリ》級軽攻撃艦《ワバッソ》は《デウカリオン》の少し前方に位置している。護衛対象である《ウーダイオス》級強行結合艦《スタルドン》はそれらの後方にいた。
 観測員が報告する。
「方位〇―〇、距離五〇〇〇より戦闘艦《ヴァランガ》が速度一五で乱数機動をしながら接近中」
 望遠センサーによる画像が拡大表示された。ヨーロッパ宇宙軍が保有する《タイフーン》級戦闘艦の一隻だ。《デウカリオン》や《キシャール》よりも旧式の艦だったが、近代化改修を受けていると聞く。油断は禁物だった。
 通信員が言った。
「《キシャール》より通信。共有ディスプレイに表示します」
 発令所の共有ディスプレイに壮年の女性が映し出された。重戦闘艦《キシャール》艦長のブンスアイ・ヌーハック少将だ。またその隣に中年の男性が映し出される。軽攻撃艦《ワバッソ》艦長のシームアン・ソムアッツ中佐だった。
 ヌーハック少将が言った。
「前方から《ヴァランガ》が接近しているのは知っているな。各艦は減速を停止し、まずレーザー砲の射程までミサイルによる攻撃を行う。出し惜しみをする必要は無い。全て撃ち尽くせ。《スタルドン》は《キシャール》が防衛する。《ワバッソ》は前面に出て《ヴァランガ》の注意を引き付けろ。いいな?」
「了解」
 カンザキ少佐とソムアッツ中佐が返事をし、通信は終了した。
 カンザキ少佐は命じる。
「航行長、減速停止」
 航行長の操作で、主エンジンの噴射が止まった。《デウカリオン》は同じく減速を停止した二隻と共に、乱数機動を取りながら《ヴァランガ》に接近して行く。《スタルドン》は横方向に移動し、《ヴァランガ》との間に《キシャール》を置くような位置を占めた。
「砲雷長、ミサイルを三発発射」
 艦首の発射システムから三発のミサイルが発射された。それらはエンジンを点火すると《ヴァランガ》に向けて飛翔を開始する。《キシャール》も同様にミサイルを発射し、合計七発のミサイルが《ヴァランガ》に殺到した。
 それとほぼ同時に、《ヴァランガ》も《デウカリオン》と《キシャール》に向けてミサイルを発射した。
 各艦は各種デコイをばら撒きつつ、乱数機動でミサイルを回避した。カンザキ少佐は《ヴァランガ》の周辺のデコイが発熱や発光を止めるのを待ち、再びミサイルを発射させる。
 多数のミサイルが飛び交ったが、命中したものは無かった。距離が近すぎるため、軌道の変更に必要な時間を取れないのだ。かといって速度を遅くすれば威力が大きく削がれてしまう。
 距離が三〇〇〇kmを切ったところで、《ヴァランガ》が高分子ミストを展開した。《ワバッソ》がレーザー砲を照射するが、高分子ミストのため効果は得られなかった。《ヴァランガ》はさらに各種デコイを散布し、周囲の見透しを悪くしていく。
 距離が二〇〇〇kmを切ったあたりで、《デウカリオン》、《キシャール》、《ワバッソ》の三隻も高分子ミストを展開し、同時にレーザー砲を《ヴァランガ》に照射した。またこちらにも《ヴァランガ》が照射したレーザー光が降りかかる。やはり敵は高出力・長射程のレーザー砲を持つ軽攻撃艦を警戒しているようで、《ワバッソ》が集中的にレーザー光を浴びていた。
 距離が縮まっていくが、双方が展開した高分子ミストのためレーザー砲がなかなか威力を発揮しない。それでも艦内の温度は徐々に上昇し、艦の機能に影響を与えていた。
「艦載知能筐体の温度上昇、処理能力二〇%低下」
「望遠センサーのレンズ変形、照準能力二一%低下」
「ヒートパイプ損傷。熱制御能力一二%低下」
「空調機能が限界です、室温上昇します!」
 通信員が報告した。
「《ワバッソ》、艦体温度上昇のため戦闘宙域を離脱したとのことです」
 カンザキ少佐は軌道図を見遣った。《ワバッソ》を示すアイコンが後方に離脱していく。主エンジンを全力噴射して進行方向を変えたのだろう。航行不能に陥る前に離脱する、良い判断だった。
 ここまで《ワバッソ》が注意を引き付けてくれたので、《スタルドン》は無傷だった。
 観測員が報告した。
「《ヴァランガ》、反転します!」
 共有ディスプレイに表示された望遠センサーの映像を見ると、《ヴァランガ》が《デウカリオン》と《キシャール》の間を通過しながら艦体の前後を反転させていた。こちらの後方に回り込み、追い掛けるつもりだ。
 カンザキ少佐は言った。
「航行長、主エンジンを噴射し《ヴァランガ》の後方に回り込め。《キシャール》と共に挟撃する!」
航海長の操作により《デウカリオン》が主エンジンを前方に噴射した。反転しつつある《ヴァランガ》を追い越し、その背後に向けて移動を始める。
途中で《ヴァランガ》からレーザー光の照射を受けた。カンザキ少佐は《ヴァランガ》に向けて破砕弾頭ミサイルを発射させる。回避機動を取った《ヴァランガ》が、レーザー攻撃の手を緩める。   
その隙に《デウカリオン》は移動を終え、《デウカリオン》と《キシャール》で《ヴァランガ》を挟み込む形になった。
「砲雷長、レーザー砲照射。残りのミサイルも全て発射しろ」
《デウカリオン》から発射されたレーザー光とミサイルが、《ヴァランガ》に襲い掛かった。またその意図に気付いた《キシャール》も攻撃を仕掛ける。
反転のために乱数機動を停止していた《ヴァランガ》は、ひとたまりも無かった。レーザー光の照射によって表面が黒く焼け焦げ、破砕弾頭ミサイルの直撃によって艦体が折れ曲がった。
カンザキ少佐はそれを見ると、通信員に言った。
「《ヴァランガ》に降伏勧告」
 返事はすぐに来た。《ヴァランガ》は三隻からのレーザー照射を受けて限界だったようで、少佐は乗員の救助を要請された。彼女はこれを了承し、《ヴァランガ》から離れつつあった艦体を再び反転・加速させて《ヴァランガ》に接近させた。
 共有ディスプレイに大きく映し出された《ヴァランガ》の実景を見て、カンザキ少佐は勝利を実感した。



二二二二年一二月二一日四時三〇分UTC

 戦闘艦《デウカリオン》が戦闘艦《ヴァランガ》の乗員の救助に当たるのに並行して、重戦闘艦《キシャール》は強行結合艦《スタルドン》を《ラケダイモン》に護送した。
 カンザキ少佐たちが《ヴァランガ》と戦っていたのと同じ頃、第一艦群の戦場にはアメリカ宇宙軍からの増援である敵艦隊F5が到着していた。F5は第一艦群の後方から迫ったが、基地艦《ヴァルハラ》の周辺に機雷が設置してあることに気付けなかった。破砕弾頭機雷の直撃を受け、F5の四隻の艦艇のうち戦闘艦《ジェミニ》とレーザー艇《ローズビル》が航行不能に陥った。
残った戦闘艦《マーキュリー》とレーザー艇《ソーントン》も、基地艦《ヴァルハラ》と随伴の重戦闘艦《シバルバー》の攻撃を受けて航行不能に陥った。これによりアメリカ宇宙軍火星駐留艦隊は戦力の半分を失った。
また第一艦群は戦闘艦《ラファール》を打ち破った。しかしヨーロッパ宇宙軍の最新鋭戦闘艦である《ラファール》を倒すことは容易ではなく、軽戦闘艦《アンガス》が犠牲となった。さらに攻撃艦《レオパルト》が抵抗を続け、重攻撃艦《ツンヨー》をレーザー攻撃で航行不能にした。
第二艦群は主力である重戦闘艦《デンデラ》を早期に失ったため不安視されたが、重攻撃艦《ヌヌルタ》および軽攻撃艦《ムルング》によるレーザー砲の集中照射で戦闘艦《ウラガン》と巡航艦《ドロッセル》を戦闘不能にすることに成功した。また軽戦闘艦《ペルーン》と《ブリジッド》は強行結合艦《ペラゴン》を護送し、《ラケダイモン》に接舷させた。
二隻の強行結合艦は《ラケダイモン》に接舷すると、外壁に簡易エアロックを接続して乗せてきた兵士たちを移乗させた。ゼノディフェンス社の部隊は《ラケダイモン》を速やかに制圧した。
《ラケダイモン》司令官のクレメンス・グラウプナー中将とヨーロッパ宇宙軍火星駐留艦隊司令官のコンスタンティノス・カザンザキス中将が降伏を受け入れ、後に《ラケダイモン》攻城戦と呼ばれることになるこの戦いは終結した。

《続く》
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