生命の星たちに
深山わたる




 HD4628を出発してから百五十年が経過した。
くじら座天文探査艦隊第一四分艦隊の十二隻の天文探査船は光速の〇・二倍の速度で惑星間空間を慣性航行していた。すでにHD4628は後方三十光年彼方だ。
十二隻はHD3443から四光年の距離まで接近すると、船首に搭載した百八基のレーザー核融合エンジンを点火した。船首から前方に向けて核融合プラズマが迸り、艦隊が減速していく。HD3443から二光年の距離まで接近した頃には、艦隊の速度は一〇分の一まで落ちていた。
ここはHD3443の重力圏の最外縁だ。外郭小天体群に位置し、恒星間空間に比べて星間物質の密度は桁外れに高い。低速で航行しなければ衝突により船体が破損してしまう。一方、減速し過ぎると星系の中央に到達するまで時間が掛かるので、減速はこの程度に留める必要があった。
艦隊各船は機関を一旦停止し、慣性航行に移行した。
レーダーとレーザーで周囲を観測しながら星系内奥に進む。先行した高速偵察機の報告によればHD3443の原住知的存在はここまでは生活範囲を広げていないようだったが、注意は必要だ。
さらに艦隊各船は船体各部に搭載された補助機関を点火し、進行方向の転換を開始した。百八基の機関による減速噴射はあまりにも明るく、原住知的存在にも簡単に観測できたはずだ。このまま突き進めば待ち伏せを受ける可能性がある。だから僅かでも進路をずらし、異星知的存在の目を欺く必要があった。
この分艦隊の目的は異星の探査ではなく同胞の救出なのだ。
分艦隊は二十年ほどかけて、HD3443から千天文単位の距離まで接近した。この星系の周縁天体群にあたる領域だ。艦隊各船は航行速度をゼロまで落とすため、再び減速噴射を開始した。
減速を開始してから十日後、第一四分艦隊に第一三分艦隊からの通信が届いた。


 ワリス・サマターは天文探査船クテシフォンの船内演算装置に構築された自室で、探査船のセンサーが取得した情報を統合した合成五感に浸っていた。目標の星系に到達するまでは物資の補給ができないため、代替身体は使わずに仮想空間だけで物事を済ませるのが天文探査艦隊の通例だ。
 暗黒極寒の宇宙空間の中、艦隊の進行方向に、強い熱源/光源が二つ。一〇分角ほどを隔てて浮かんでいる。第一四分艦隊が向かうHD3443だ。HD3443はG型星の「A」とK型星の「B」による連星で、平均して一〇天文単位ほどの距離を置いて相互に周回していた。知的存在が生息すると考えられるのはHD3443Aの第二惑星、通称「ダウティナ」だ。触れてみると固く、嗅いでみると酸素と二酸化炭素と水蒸気の臭いがする。すでに高速偵察機が搭載する望遠鏡によって地表が観測されており、都市の存在が確認されていた。至る所に草の生えた都市に住む彼らがどんな姿形でどんな生態をしているのか、ワリスは早く知りたいところであった。
 地表画像をしばらく眺めていると、ワリスの眼前にウィンドウが開いた。司令部からの文章メッセージだ。どうせまた些細な事象の報告だろうと思って通知を消去しようとしたところで、それが第一四分艦隊から通信があったという旨であることに気付いた。ワリスは慌てて文章メッセージを開封した。
 通信はレーザーに乗って届いたらしい。内容は天文探査艦隊の正式な形式で書かれた報告書がふたつ。報告書は文章メッセージに添付されていて、「報告書1」を開いてみるとダウティナの原住知的存在の詳細が記述されていた。
 第一三分艦隊が命名した呼称は「ピーディアン」。身体構造が地球生態系のムカデに似ているかららしい。しかし生態は地球生態系のウシに似ていて、群で暮らし草を食む。なるほど、都市のあちらこちらに草の生えた広場のような空間があるのは、彼らが一日中草を食べて生活しているからか。また仲間意識と縄張意識が強く、外敵には一致団結して立ち向かうという。第一三艦隊が突如攻撃を受けたのも、彼らの警戒心を刺激してしまったためのようだ。
 ワリスが新鮮な情報に興奮しながら報告書を読んでいると、再び眼前にウィンドウが開いた。今度はアスタルト・ブトラーンからの通信だ。アスタルトはワリスの友人の一人で、心理参謀として第一四艦隊に参加していた。通信は映像が無い音声のみだった。
 アスタルトは開口一番に言った。
「会議始まってるぞ」
 ワリスには何のことか分からない。
「会議?」
 ウィンドウからわざとらしく溜息を吐く声が聞こえた。
「どうせ報告書に釘付けになって本文も報告書2も読んでいないんだろ? 僕が口頭で説明する。報告書2はピーディアンが外縁小天体群にレーザー推進砲台を建設し、恐らくHD4628にミサイルを飛ばそうとしているという内容だ。第一四艦隊はこのレーザー推進砲台を破壊しなければならない。ついては艦隊時間一六:〇〇に会議室Aで幹部会議を始める」
 ワリスはまずピーディアンがHD4628を攻撃しようとしていることに驚き、地球人類に対して明確な敵意を持っていることに衝撃を受け、しばしの間思考を停止させた。
 そしてワリスの知能構造には探査船搭載のイッテルビウム光格子時計と同期した時計が埋め込まれている。つまり現在の時刻が直感的に分かるわけだが、すでに艦隊時間は一六:三〇を過ぎていた。
「痛恨」
「第一四分艦隊の目的は探査ではなく救出だ。緊張感を持って欲しい」
「わかりましたすぐに現出します」
「頼む」
 通信が終了し、ウィンドウが閉じる。ワリスはそれから急いで仮想身体の服装を整え、指定された会議室Aに現出した。
 アスタルトに言われた通りなのだ。この艦隊の目的は探査ではなく救出だ。そして今の所、艦隊はピーディアンに敵意を向けられている。第一四艦隊は針の筵の中に飛びこんでいくのだ。





ブヌエー・ズロマ・ヒグーギ=ギュラーはギュラー天視天考群の天視職だ。望遠鏡で濃夜空を眺めて暮らしている。専門は系外気星で、地味な分野ながらもそれなりの業績を上げていた。
それは薄昼期が終わった直後の、久しぶりの濃夜でのことであった。ブヌエーが富草を食みながらある恒星を観測する準備をしていると、濃夜空の一画に見慣れない白い光源を見つけたのだ。しかも普段の濃夜空で一等に明るい恒星よりもずっと明るい。さらに驚いたことに、その光源はブヌエーがまさにトランジット観測の準備をしていた恒星と同じ位置にあった。
 ブヌエーは困惑した。このように濃夜空に突然強力な光源が現れるのは新星か超新星だ。しかし件の恒星はチマと同じような色と大きさの恒星で、爆発する恒星ではない。ならばその背後に起こったもっと遠方の新星や超新星が見えているのだろうか。
 推測しても仕方が無い。ブヌエーは富草を食みながら光源に望遠鏡を向けた。観測結果をスペクトル分析してみると、件の恒星の光とは全く違う。まず温度が一億度以上ある。件の恒星は五千度ぐらいだから、これは高すぎる。恒星の表面温度としてありえない数字だ。
吸収線も見えたが、最初は意味が分からなかった。しばらく眺めて、ブヌエーはそれらが水素の吸収線とヘリウムの吸収線であることに気が付いた。あまりに大きく青方偏移していたので分からなかったのだ。つまりそれは、光速の五〇パーセントという絶後の速度でダオ―チマ系に接近しているということになる。
 ブヌエーは富草を食むのも忘れ、子供の頃、刻物語で読んだような光景を思い浮かべる。一億度の高温で輝く光球が、光速の半分という猛烈な速度でここに向かっている。
否、よくできた刻物語ならもっと別のことを刻むだろう。あれはダオ―チマ系に向かって光速の半分の速度で飛翔しながら、噴射し、減速している。一億度というのは核融合炉の温度だ。ルーズンはまだそれを実現していないが、実現すれば炉心の温度はそれぐらいになると聞いたことがある。
それらは核融合ロケットの噴射により減速し、恐らくダオ―チマ系に着く頃にピタリと止まるのだろう。それらはここに来訪するのだ。恐らく、件の恒星から。年周視差を測定すればそれがここの目と鼻の先にいることが分かるだろう。
節脳に血が凝り、尾が脈打つのを感じる。薄く匂いがして、自分が調香を吐いているのが分かった。無理はない。これはとんでもないことだ。ルーズンと比肩する存在がここ以外にもいて、ここに来ようとしているのが分かったのだ。
許せない。ここは、ゴフルは、ダオは、チマは、我々ルーズンの領域だ。それを侵すなど、許せるはずがない。絶対に、ルーズンの全力を結集してであれらを追い返し、叩き返し、付き返し、投げ返し、蹴り返してやるのだ。
ブヌエーはこのことを皆に知らせるため、緑の調香を撒き散らしながら望遠鏡塔を出た。天視本塔に着く頃には、怒れるルーズンは二〇人ほどに膨れ上がっていた。

《続く》
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