エスケープ・オブ・ロボッツ 2
矢島シューヘイ


二、出会い
 廃材の山をベッドにして一時間ほど目を閉じた。夜ベッドに入ったのに全く眠れない時のように眠気は全くない。でもなんとなく気を休められるように極力何も考えないようにした。激しい逃走劇で興奮した心が少し落ち着いてきたので目を開くと腕の中の少女の顔が一番に目に入った。
 改めて少女の姿を見ると、見た目は結構幼いようだった。そして長い銀髪が目を引く。少女は僕の硬く冷たい金属の腕の中ですやすやと寝息を立てている。今更考えると僕の記憶のことよりもなぜあの研究所のような場所にこんな幼い少女がいたのか。そのことの方が不思議なようにも思えた。僕と少女どちらも複雑な事情を抱えていそうな予感がする。
 空を見上げるともう日が沈み切る間際だった。この辺りは頭上を工場の設備の配管や何かが張り巡らされていて既にかなり暗く、日が沈み切ってしまえば真っ暗になってしまいそうだった。とは言え、追われている身としては暗くなるのは好都合だ。僕は少女をおんぶする体勢に切り替えて歩き出した。

 無機質な白い壁は全体的に色がくすみ、所々塗装が剥げて中のコンクリートが剥き出しになっている。少し歩くたびにパイプが複雑に張り巡らされていたりねじ曲がって一部が破けた金網の間を通ったりなど一苦労だ。やけに狭い道があるなど、本来ここは人が通ることを想定されていないようだ。しかしそれでも油断は出来なかった。
 真っ暗というのは正確には違った。遥か彼方空の上には常に何かが光っている。飛行機なのか何なのか、遠すぎてその正体はわからない。それよりも目下気にするべきモノが他にある。それは度々僕らの頭上を通過しているドローンだった。奴らはゆっくりと辺りを周回しながらライトで地上を照らしている。明らかにこの辺りを監視して回っているということは一目でわかった。プロペラの音を聞くたびに近くの廃材やパイプの影に隠れて身を潜めながら移動しないといけない。もっと早く移動できると思っていたのに想定外だった。
 そして何より困ったのが、この広大な工業地他の中をひたすらさまよい続けているだけで、一体どこに行けばいいのか見当がつかないということだった。とりあえずここを脱出すること目標にしていたのだが、あまりにも広すぎるのか、行けども行けども出口が見えない。壁に書かれた区画を示すであろう記号を頼りに迷わないように気を付けてはいるのだが、瓦礫でどうしても通れない道や、ドローンを回避するために仕方なく脇に逸れたりなどしていたせいなのか、同じ場所を何回も通ってしまっていた。一瞬ワイヤーガンを使って上にと考えたが、あれはもうマグマの底に沈んでいたし、何より食らいついた時の音ですぐにバレてしまうに違いない。途方に暮れてパイプに腰を下ろして一旦休憩することにした。

 少し休憩して再び歩き始めようとした時。一瞬視界の脇に何かが映った気がした。
(何だ……?)
 何か赤い光が通ったような気がした。しかし振り返っても何もいない。気のせいだろうと前を向きなおした瞬間後ろから力強く体を引っ張られて一瞬のうちに羽交い絞めにされてしまった。
「動くな」
 慌てて振り解こうとするよりも前に喉元に鈍く光る何かがあてがわれていた。月明かりが反射して見えたそれは鋭いナイフだった。それが首元に触れるか触れないかぐらいの位置で静止している。
「お前、なんでこんな夜中に外をうろついているんだ」
 耳元でささやかれる。若い男の声だった。しかし質問されても発声できないのでどうしようもない。少し黙っていると男が口を開く。
「まさか今時発声機能もついていないのか?」
 男の呆れたような声に首を必死に縦に振った。すると男は先ほどよりも少しばかり落ち着いた声でゆっくりと話し始めた。
「なら俺の質問に二択で答えろ。いいな?」
 僕はこっくりと頷いた。
「帝都中央製造出身か?」
 全く聞いたことのない工廠の名前。当然首を振る。
「ならばナショナリックセントラルか?」
 これも聞いたことがない?会社名か何かだろうか?
「となるとCGRしかないが……」
 これも知らない。
「それは奇妙だな。お前の構造的に【感染者】ではないはずだ。工場産でない訳がない」
 【感染者】?ここでは何かウィルスでも流行っているのだろうか。僕はロボットだからコンピューターウィルスかなんかだろうか。
「となるとワンオフというわけだが、研究所か何かにいたのか?」
 男の口から出た研究所という言葉に反応する。僕は強く頷いた。
「そうか……となると話が変わってくるな」
 男が少し考えこむに言葉に詰まった。と、腕の締まりが少し弱まったように感じた。男と会話―明確には違うが―をしている最中に否が応でも目に入るナイフを見ているうちに、そもそも自分は金属の体なのだからナイフごとき怖くないのではないかという考えが湧いてきていた。そして今男の注意が弱まった隙をついて、腕を押し返そうとした瞬間、
「おっと、変なことは考えるなよ。このナイフは特別製だ。お前の電気回路ぐらいすぐ丸焼けにできる」
 瞬きの間に先ほどよりも強固に腕を固められてしまい、挙句目の前のナイフがバチバチと鈍い電撃を放っているのを見せつけられて、僕の浅い希望はあっさりと打ち砕かれた。
「まぁ、とはいえ」
 だが行動に反して男はゆったりとした口調で口を開く。
「お前が政府からの刺客である可能性が低い以上こちらもそこまで敵対する理由もない。むしろ研究所生まれというならこちらとしても聞きだしたいことは山ほどある」
 こんな状態で敵対する意思が低いとは些か信頼に欠けはしないかと思いつつも僕としてもこの男に勝てる気がしない以上こちらからも敵対はしたくないものだ。
「調べた所特に外部と通信している様子もない。どうだ、お前が俺たちに協力する気があるなら解放してやるが?」
 かなり上から目線な所に少し腹が立つがここで変に波風を立てても何もいいことはない。それに今は何より情報が欲しい。それに研究所を出てから誰も頼れる人が見つからず少し心細かった。
「そうか。言っとくが変なことをしたらすぐに丸焦げだからな?」
 そういって男はゆっくりと腕を離した。僕はゆっくりと男の方を振り返った。フードに隠れてよく見えないが丁度右目の辺りが赤い閃光を放っていた。そして僕は大事なことを思い出した。
(彼女は……!?)
 慌てる僕に男が少し笑って言う。
「心配するな、そこにいる」
 男の指さす先には大きめの布を掛けられてパイプに寄りかかって寝ている少女がいた。
「この子についても聞きたいが目を覚ます気配がないし、お前は喋れないしでどうしようもない」
 男の呆れた声に少し憤りつつも実際問題喋るころのできないこの体は想像以上に不便だった。

 男と共にまた夜の工場の中を歩き始めた。男は腕についた電子デバイスで何かを確認しているらしく迷いなく進んでいく。僕は少女をおぶりながら早歩きの男の後をせわしくついていった。
「……待て」
 ふと男が歩みを止めた。男の後ろから前をそっと覗くと、銃を持ったロボットが数体辺りを見回っていた。
「ここにももう来ているのか……」
 男の話によると彼らの住処は地下にあるらしい。しかし彼らは敵対する組織によって徐々に追い詰められているようだった。詳しい話は後ですると言われたのでこれぐらいしかわからないのだが、今目の前で武装したロボットが歩き回っている様子からもあまりよくない状況に彼らはいるのだということは想像できる。
「この辺りには……ここしかないのか。夜明けまであと一時間もないな……」
 眠気がないので気づかなかったがもうそんな時間だったらしい。もし夜が明けたら上空のドローンに見つかりやすくなってしまう。
「お前、あのハッチが見えるな?」
 男が指さす先には人一人がちょうど通れそうなマンホールの蓋のようなものが見えた。
「あそこから俺たちの拠点に行ける。本来はバレてはならないんだがまぁもったいないが使い捨ててしまおう。で、ここからが大事だ」
 真剣な男の声に思わず背筋が伸びる。
「俺が奴らを片付ける。その隙にハッチまで滑り込め。いいな?」
 僕は何度も頷いたが同時に少し心配になった。巡回しているロボットはライフル銃のような大きな銃を携行している一方で男はあのナイフ以外に何か武器を持っているように見えない。
「お前に心配されるほどの腕じゃない。お前はあのハッチに走ることだけ考えろ」
 そんな考えを見透かされているかのように男は鼻で笑った。そんな男の姿に少し安心して僕は少女を抱えやすい姿勢に持ち替えた。

「合図したら飛び出すんだ」
 二人で物陰からロボット達の様子を伺う。三体のロボット達のうち一体が他よりも離れた位置に移動した。
「今だ!行け!」
 男の声に反応して強く地面を蹴った。少女を強く抱きかかえ、一目散にハッチに走る。音に気付いてすぐにロボットが銃を構える。しかしその銃弾が発射されるよりも前にバタリと一体が倒れた。
(な、何が起きた?)
 走りながらちらりとロボットの方を見ると彼らは四方八方に銃を乱射していた。そして男の姿は見えない。しかし奴らが銃を向ける先には微かに黒い影のような物が動いている。そして一体がまたバタリと倒れる。その顔面にはナイフが突き刺さっていた。残った一体は慌てて逃げようとするがすぐに背中にナイフを突き刺されて地面に伏した。一瞬の出来事だった。しかしすぐに上空のドローン達が襲い来る。付近のドローン達が一斉に集結したらしくその数は凄まじい。先にハッチに辿り着いた僕は重いハッチを渾身の力で持ち上げた。
(お、重い……!)
 機械の腕でパワーがあるはずなのにそれでも少し苦労した。少女を先に中に入れて自分も入り込む。その途中で男が無数のドローンの銃撃を避けながらこちらに向かってくるのが見えた。驚くべきことに彼は機関銃による銃弾の嵐を華麗に避けながら少しずつドローンを撃墜しその数を減らしていた。だがそれでもあまりにも数が多すぎるのか避けることはできても十分に反撃は出来ていないようだった。そしてさらなる脅威が迫っていた。
(あ、あれは……?)
 無数のドローンの少し後ろに他とは明らかに異なる個体がいた。それは一回り大きい個体に不格好なコンテナのようなモノを抱えていた。周囲を護衛するように飛び回っているドローン達がコンテナ前を空けるとゆっくりとその前面が開いた。
(な、なんかやばそうだ……)
 その予感はすぐ現実になる。特異個体はコンテナ内から無数のミサイルを発射したのだ。ミサイルは煙の尾を引きながら生物のように複雑な軌道を描いて男に襲い掛かる。
 僕はとにかくあの手この手のジェスチャーで男に何とか脅威を知らせる。僕の様子と空気を切り裂くようなミサイルの音に男は異変に気付いたようだった。未だ尽きることを知らないドローン達の猛攻を華麗な動きで躱しながら、男はどこに隠していたのか懐からマシンガンを抜き迫りくるミサイルを驚異的な射撃技術で撃ち落とした。一つまた一つと銃弾に狩られるミサイル達であったが、それでも速度と量の猛攻に撃ち漏らしが男を狙う。と、同時にもうハッチと男の位置は目と鼻の先で、直撃すれば僕らにも被害を免れない。僕はない口で叫ぼうと必死だった。だが男は逆にミサイルの方に翻ってフードを脱ぎ去った。
「ふんっ!」
 男は唸りと共に赤く光る右目で飛来するミサイル群を睨みつけた。だがミサイルはなおも男めがけて直進する。僕は思わず腕で顔を覆った。しかし、ミサイルは男の脇を、ハッチを素通りして僕らの後ろに着弾した。さらに男のすぐ近くにいたドローン達はおかしな挙動をしながら軒並み墜落した。唖然とする僕を尻目に男はハッチに滑り込み、小脇から手榴弾のようなボールを取り出し外に投げ込んだ。着弾するとすぐにキラキラとした何かが空中に広がる。
(なんだ……目が霞む……)
 靄がかかったように視界がはっきりとしない。ない目を擦っていると男に奥に引きずり込まれた。
「ジャミンググレネードだ。お前がいるからすぐには使えなかったのでな」
 男はハッチを固く締めた後さらに奥まで僕達を行かせてから壁際の機械か何かを弄ってまるでシェルターのような分厚い扉を閉めた。
「緊急用の隔離扉だ。かなりの強度だが基本的に開けられない。もうさっきのハッチは使いものにならなくなったな」
 男は先ほどまでの激戦が嘘のように平然としていた。それにしても先ほどの赤い目で睨んだ後の不思議な現象や恐るべき身体能力やらますますこの男の謎が深まるばかりだった。思惑する僕の心の内を覗いたかのように、排水が滴る地下道の静寂の中男は口を開いた。
「そういえばまだ名前を言っていなかったな」
 ようやく聞きたかったことが聞けると僕は安堵したが、同時に僕の方は名前を伝えられないということに気付いて複雑な気分になった。
「お前の名前は拠点に着いてから筆談なりなんなりで聞こう」
  男は立ち止まりこちらを向いた。フードを脱いだその下の素顔は黒い髪の中に少し赤が混じった髪色に、鋭い目つきの二十かそこらぐらいの顔つきだった。だが最も気になったのは赤い閃光を放ち続ける右目の周囲が焼けただれたように剥げてその表面には錆びた金属のようなものが表出していたことだった。
「俺の名前はイスルギ。そして……」
 一呼吸おいて男……イスルギは再度口を開いた。
「俺たちは、【レジスタンス】だ」




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