エスケープ・オブ・ロボッツ
矢島シューヘイ

一、起動
朦朧とした意識の中ゆっくりと視界が開けていく。目を覚ますとそこは全く知らない部屋だった。僕はどうしてここにいるのか?いや、そもそも僕は誰だ?大切なことが何一つ思い出せない。ゆっくりと立ち上がると金属の軋むような音。手のひらを目の前に出して見ると……
(なんだこれは……!)
指先の一本一本まで完全に機械となっていたのだ!目を落とすとお腹や足もすっかり機械の体。慌てて鏡を探すと部屋の端にある机の上に小さな手鏡が。機械のくせに生身の指先のように馴染む右手で掴み取り顔を映す。
(嘘じゃないか……!)
鏡に映し出された自分の顔はアニメか何かに出て来るようなアンテナとバイザーゴーグルを装備したロボットそのものだった。
 あまりの出来事に思わず額を押さえる。ロボットの体は額に触れる感触もない。溜息をつく口もないままその場に座り込む。そういえばまるで自分がロボットになってしまったかのように感じているが記憶がない以上自分が人間だったという証拠もない。もしかして自分はロボットだったのかもしれない。だとしてもどうしてこんなところにいるのか、どうして記憶喪失なのか、その答えがわからなければ何も始まらない。
(とりあえずここから出てみよう)
 扉に向かって歩いていこうとすると部屋の隅に何かあるのに気づいた。パソコンとそこから伸びたケーブルの先にあるのは……人間?
(人間だ!)
すぐに駆け寄り声をかけ……られない。
(声が……音が出ない……)
自分の指や体が動くたびにしっかりと金属の軋む音は聞こえる。でも自分の声は聞こえない。喋ることができないのだ。どうやら僕には発声機能はないらしい。
 喋れないのなら仕方がない。シャツ姿のその人の肩をそっと揺さぶる。反応はない。ゆっくりとこちらを向かせると幼い少女だった。目と口は堅く閉ざされていて深い眠りについたように動かない。
(もしかして……)
だが目立った外傷は見当たらない。そっと手首に指を当てるとしっかりと脈を打っていた。生きている。だがどんなに揺さぶっても起きる気配がない。
(とりあえず生きているならいいけどこのままじゃ埒が明かない)
 仕方なく少女を担いでドアから外に出る。廊下のライトは全て落ちていて薄暗い。少女の白衣と言いここは何かの研究所のようだ。しんと静まり返った廊下を進む。階段までたどり着くとB2Fとの表記。ここは地下だったらしい。早く地上に上がらないと……。

(どうなっているんだ)
階段を上っていくにつれ周りの雰囲気が一変していく。段々とボロボロになっていく周囲の風景。火事か、いや、壁には無数の弾痕と血痕。銃撃戦があった証。ここで誰かが戦闘をしていたのだ。
(ここは危険かもしれない……)
階段の上に1Fの表記が見えた時何か音がした。
(誰かいるのか……?)
少女を降ろして一旦階段から音のする方を覗き込む。そこには確かに人がいた。だが彼らの姿は明らかに民間人ではない装備でその手には銃が握られていた。
「いたか?」
「いえ、この階にも痕跡は全く」
 彼らは誰かを探しているようだった。この時点で嫌な予感がした。地上の階層は既に彼らがいる。だが地下は通ってきた限り戦闘の後はありつつも誰一人いた様子はない。となると彼らが捜しているのは僕かもしくは少女か、その可能性が非常に高い。
(早くここから逃げないと……!)
 少女を担いで機会を伺う。幸いこのボディはかなりパワーがあるようだ。腕のシリンダーが動き、がっちりと体を固定する。再度覗き込むとリーダーと思しき男が数人の部下たちに指示を出していた。そして各人別の方向へと散開していく。思った通りそのうちの一人がこちらへと向かってきた!
 コッ、コッ、と乾いた靴の音がゆっくりと近づいて来る。僕には一応作戦があった。とはいってもそんな大したものじゃなくてしょうもない――けれど状況を打開するにはこれぐらいしかない、そんな名案が浮かんでいた。

ガサガサ……
「ん……?」
 物音に気付いた男はゆっくりとこちらに近づいて来る。ここまでは順調。後はこの男がどれだけビビりか、それだけだ。
 角の段ボールまで銃を構えながら近づいた男はそーっと端を覗き込む。灯りは絶妙にフロアから届ききらずに薄暗い。今だ!
(ばぁ!……と、言えたらいいんだけどね)
少女と二人場織状態でお化けのポーズで思いっきり飛び出した。これが大成功。
「ぎゃあああああ!でたあああああ!」
 銃を持った男もお化けは怖い。すっかり腰を抜かして涙目になってしまった。しかし時間はない。男の悲鳴を聞きつけてすぐに複数の足音が聞こえて来る。
(行かなきゃ!)
 まだガクガクしている男を飛び越えてすぐに階段を駆け上がる。後ろから足音と叫び声が響いて来る。そしてカーンと一発の銃弾音が。わかった、奴らは躊躇する気がないらしい。サスペンションが仕込まれた脚で軽快に階段を駆け上がった。

 疲れを知らない鋼の足はぐんぐん追手との距離を伸ばして……くれない!何故かは知らないけれどなんだか動作がいちいちもっさりしていてそんなに速く走れない。最初に稼いだ距離がどんどん縮んで、後ろから響く怒号がどんどん大きくなってくる。
ダダダダッ!
(うわっ!)
 踊り場の角からギリギリの隙間を追手の先頭が発砲した。早く出口についてくれないとあまり余裕がない。ちらりと横を見ると7Fの文字が見えた……。

バンッ!
 とうとうたどり着いた最後の扉を開けるとそこは屋上だった。って当たり前か。そして空は綺麗な夕焼けと辺りはまるでSFの世界みたいに煙突と配管が張り巡らされた巨大な工業地帯のようだった。素晴らしい景色に見とれている暇はない。さっき出て来る時に適当に近くにあった廃材で入口を塞いで置いたのだがどうせすぐに突破される。追手を振り切る方法を探さねば。しかし屋上のフェンスから外を覗き込んで絶望する。
(どうなってるんだこれは!?)
 フェンスの外、この建物の外周はすっかり丸い奈落に覆われていたのだ!まるで城を守るお堀のようである。しかしそんなに生易しいものですらなかった。奈落の底は真っ暗ではなくなんだか鈍く光っている。きっとそこはドロドロのマグマ、溶鉱炉か何かだろう。飛び降りて逃げることは出来ない。とはいえこの屋上にはちょっとの廃材しかない。隠れることもできない。
ガンッ!
物音にビクつき後ろを振り返ると扉がガンガンと揺れている。もう奴らがやってきてしまった。悩んでいる暇はない。しかし逃げる方法が見つからない。
(クソッ!)
苛立ちに腕を振ると腰の辺りに明らかにおかしい出っ張りとぶつかったことに気づいた。その出っ張りは体ではなく体についた別のモノだった。
(銃……?にしては変な形だ)
 それは銃というには奇妙な形だった。しかしたとえ銃だったとしてもこんなピストルみたいなちゃちなモノで完全装備の複数人に勝てるはずもない。
(あーもう!こんな引っかけ何になんだよ!……引っかけ?)
 銃の先っぽの形状をもう一度見直して僕はあることに気づいた。そして今度こそさっきの脅かし作戦の比ではないほど危険な作戦を思いついてしまったのだ。そしてすぐに少女をさっきよりがっちりと左腕に抱え込んですぐにフェンスによじ登った

バァン!
大きな音がして扉がけ破られた。そしてすぐに無数の銃弾が僕の背中に飛んでくる。だがそれが僕の背中に届く前に……
(う、うわああああ!!!)
勢いよくフェンスから飛び降りた!もの凄い勢いでぐんぐん体が落ちていく。気でも狂ったのか、いやそんなことはない。
(いっけえええええ!)
右腕を高く天に掲げてトリガーを目一杯引いた。
シュルルルル……ガキンッ! 
銃の先端の謎の引っかけは勢いよく発射されて遥か頭上の外周の外側の壁にグサリと刺さった。そして間髪入れずにワイヤーが二人の体をグッと引き寄せる。
(クッ……)
 斜め上に強烈に引き寄せられる力を右腕一本で支える。シリンダーが悲鳴を上げている。さらに追い打ちをかけるように後ろからは打ち付ける無数の銃弾。今の僕に心臓がなくて本当に良かった。瞑る瞼もないまま近づくゴールを見据えて……ワイヤーガンを手放す。ここまでの反動で大きく体は宙を舞って外周に着地するどころか一気に飛び越してそのまま配管の渦に消えていった。

(痛くないのにイテテと言いたくなっちゃうなこの有様は)
 着地したのは廃材の山。少女がケガをしないように自分の体でガードしたためもろに山の中に体がうずまってしまった。機械の体じゃなかったら大ケガ必至だ。
(さて……)
追手から逃げきれたのはいいが何一つ状況は好転していない。自分のことはまだ何一つ思い出せない。そして少女は未だに目を覚まさない。さらにこの場所の事、追手の事……。誰か僕たちを助けてくれる人はいないのか……。けれど今は少しだけ休みたかった。体は全く疲れてないけれど頭と心は疲れた。でもやっぱり瞼は瞑れないからボケっと夕焼けの空を眺めたのだった。 
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