第二次火星独立戦争 
深山わたる

6『決戦前夜』



 歴史上行われた宇宙艦隊戦の数は少ない。
 火星開拓戦争におけるダイモス争奪戦、七星連合結成戦争におけるシルヴィア奪還戦およびオッティリア艦隊戦、木星企業間戦争におけるイオ攻防戦、海賊戦争におけるヒルダ攻略戦、第二次火星独立戦争における火星系外縁挟撃戦および《ラケダイモン》包囲戦。たったの七回だけだし、そのうち二回は現在進行している第二次火星独立戦争で戦われたものだ。
 だから今、八回目の宇宙艦隊戦である火星系艦隊戦が始まろうとしている火星には、全太陽系の注目が集まっていた。各国の軍人は貴重な戦訓を得ようと聞き耳を立てていたし、政治家や経済人は決着の行方と影響を注視していた。そして無邪気な大衆は、華々しい艦隊決戦の始まりに興奮を隠しきれていなかった。



二二二三年一月一三日一三時〇〇分UTC

 アウレール・ヴァルターは一人きりの昼食を終えると、自室に戻って研究を再開した。博士課程に進学してからまだ三ヶ月しか経ってないが、手を抜くつもりは無い。アウレールには情報政治学という分野に並々ならぬ関心があったし、情報政治学を使って人類を幸福にしたいという使命感があった。
 しかし、少し気を抜くとニュースをチェックしてしまうし、宇宙の彼方で起こっている戦争のことを考えてしまう。彼の研究対象には火星のことも入っているからそれは全く悪いことではないのだが、とはいえ全く個人的な理由のためではあった。
 特に南方諸国のメディアによって第二次火星独立戦争と呼ばれているこの戦争は、開戦から一月半ほどが経過していた。すでに火星諸国連合がアメリカ合衆国とヨーロッパ連合が保有していた全ての都市と軌道駅を掌握。またヨーロッパ宇宙軍の軌道要塞《ラケダイモン》、合衆国宇宙軍のデラニー軌道基地を制圧していた。アメリカとヨーロッパが火星からほとんど締め出された格好だ。このあたりの状況は連日報道されていたのでよく知っている。
 未だに地球社会で大きな影響力を持つアメリカ合衆国とヨーロッパ連合が、火星領有地市民に遅れをとったのだ。もちろん、火星領有地市民だけで成し遂げられることではない。彼らには木星系統治複合体という強力な後ろ盾がある。
 木星系統治複合体は複数の木星開発企業が経営を統合し、宇宙政治学で言う所の「ガバナイズ」を起こしたことで誕生した国家的組織だ。木星という厳しい環境にありながら、合理的かつ強力な統治により誕生から五〇年の間に急成長した。巨大な経済力と精強な軍事力を整え、今まさに版図を拡大しようとしている最中の国家だ。
 無論、第二次火星独立戦争もまた、その一環として起こされた戦争である。
 木星系では核融合燃料である水素とヘリウム、人間の生存に必要な水、農業や工業に必要なアンモニアや炭化水素、硫黄などの物質は豊富に採集することができる。一方で木星系は金属資源に乏しく、これらは地球や火星、主小惑星帯からの輸入に頼っている。火星や主小惑星帯はほとんどが地球国家の支配下だ。木星系統治複合体としては、より政治的・位置的に近い金属資源の供給源が欲しい所であった。そのために、木星は地球諸国の星外領有地の独立を支援して味方につけようとしている。
 火星諸国連合もそのような思惑は知っているのだろう。彼らは独立戦争に勝利した後、木星に搾取されずに、あるいは木星に依存せずに、自立することができるのか。アウレールはそれを望んでいたが、また別の望みもあった。
 今はこの星にいない、父オットマー・ヴァルターのこと。あるいはヴァレリオ・アルメンタ大佐のこと。彼らが乗り込む艦隊が地球から火星に向けて旅立ったのは一月前のことだ。火星と木星は本気で、アメリカとユーロも本気。だから五〇隻近くの船がぶつかり合うことになる予定だった。
地球の本国に直接の被害が及ぶことはまず無いためほとんどの市民は気楽なものだが(今も家の外から子供が遊ぶ声が聞こえる)、身内や知人に軍人がいるアウレールとしては気が気ではない。現代の宇宙戦ではそれほど多くの死者は出ないのだが、それでもやはり胸が苦しいのだ。
アウレールは机上端末を叩き、データの解析を進める。紛らわしているのかもしれない、という思考が頭をよぎったが、だからといって止める理由にはならなかった。


二二二三年一月一三日一八時〇〇分UTC

 宇宙船の存在の秘匿というのは難しい。核融合エンジンが大きな熱を生み出すため、赤外線で明るく光ってしまうのだ。高出力の核融合エンジンを搭載する軍用船なら尚更のことである。しかし、方法が全く無いわけではない。
 その宇宙船は小惑星パラスから地球に向けて航行していた。加速噴射の際の全放熱量から推定される核融合エンジンの出力は大型貨物船と同程度。改正宇宙法によって発信が義務付けられている光ビーコンの強度は規定の下限に近く、接近したどの船舶もその宇宙船の情報を取得できなかった。しかし皆、ランプの使用期限が近付いているのだろう気に留めなかった。
また、パラスを出発した後の加速より地球に到着する前の減速の方が加速度が遥かに大きく、途中で貨物を丸ごと投棄していなければ説明が付かないような状態であった。しかしその宇宙船を継続して監視しているような暇人はおらず、そのことに気付く者はいなかった。
 主小惑星帯内縁を航行中に宇宙船から放出されたそれは、核融合推進よりずっと低温の化学推進によって減速し、火星に向けて軌道を遷移した。それは強力な赤外線源である核融合炉を搭載しておらず、電力はフライホイール・バッテリーからの供給で賄った。
 化学推進が生産するデルタブイは小さいので、火星系に最接近するまでは時間がかかった。だからそれを動かす人々はひたすら待った。薬物と機械により代謝を低下させ、艦体の温度が上昇しないように努めた。また冷却材によって熱を移動させ、放熱板を火星から見えないように遮蔽することで探知を逃れた。
 そして火星系に最接近する瞬間、それは目覚めた。
 合衆国宇宙軍、《ハウンド》級ステルス狙撃艦《ウルフ》。目標に冷たく接近し、魔弾を撃ち放つのがそれの仕事だった。
 目標は火星諸国連合軍と木星軍事機構の艦隊が停泊する軌道駅および軌道基地。すなわちマクラウド軌道駅、マッサリア軌道駅、エマーソン軌道駅、《ラケダイモン》、そしてデラニー軌道基地。
 あらかじめキャパシタに蓄電されていた電力を使って、質量一〇〇キログラムの投射体が五発、秒速一〇〇キロメートルという速度で次々と打ち出される。各投射体が持つ運動エネルギーは五〇ギガジュール。
 戦果確認。軌道施設。デラニー軌道基地中破。マッサリア軌道駅中破。《ラケダイモン》小破。宇宙艦艇。戦闘艦七隻大破。仮設戦闘艦二隻大破。補給艦二隻大破。強行結合艦一隻大破。中破以下損害評価不可。
 火星との距離が少しずつ開いていく。《ハウンド》級は秘匿性のために攻撃力・防御力・機動力の全てを犠牲にした船だ。この五発以上の攻撃はしないし、できない。しかし乗員たちはこの戦果に満足していた。運動エネルギー弾による攻撃は命中する確率が低い。最善を尽くしたとしても一発も当たらない可能性もあったのだ。
「運が悪かったな。火星人」
 合衆国宇宙軍屈指の忍耐力で知られる艦長のアデライン・プロバート大佐はそう言うと、低温冬眠の準備に入った。

《続く》
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