白南風ドロップス
大塚慎太郎

九、麗し恨めし漆の花
 湯ノ宮陽鞠と藤崎美乃は玉井真智子を連れて談話室に来た。ちらほらと利用している者がいたので、隅の席に隠れるように座る。
「さてはて、真智子。私たちがどうしてあんたをしょっぴいたか、分かるわね?」
「分かんないですけど、先輩が真智子って呼ぶのは良くないことが起こるときなので、帰らせてもらいます」
 立ち上がりかけた真智子の腕を掴み、再び椅子に落とす。真智子は口をとがらせながら椅子の上で膝を抱えた。
「だってほんとに、悪いっていうか私に不利なことばっかり起こるんですよ……」
「人を疫病神みたいに言うんじゃない」
 陽鞠と真智子が押し問答をしている間に、美乃が部屋からスナック菓子を持ち出してきた。
「はい、賄賂。ね、真智子ちゃん、私たちにも何か協力できることがあるかもしれないからさ、話してみてくれないかな?」
「いいですよ」
 真智子は菓子の袋を開けながら、さらりと答えた。
「で、何が知りたいんですか? 小百合ちゃんの寝言の内容?」
「演劇部の鍵問題」
「ああ、そのこと」
 陽鞠は美乃のわき腹を小突いた。
「ちょっと、話が違うわよ。全然困ってなさそうじゃない」
「ああ、やだなあ。ホントに困ってはいるんですよ。実は先輩たちが知ってる時点よりもう少し発展してまして」
 真智子は「センシティブなことだから、他言しないでくださいね」と釘を刺してから話を始めた。

 まずちょっと人の整理をしますね。演劇部の部員は、まあ沢山いるんですけど、この件に関わっている主要人物は三年から、部長の一組仲井戸佑花、副部長の四組進藤舞子、一組三宅和美。二年が一組秋山静。一年が私、玉井真智子。
 で、ことが起こったのは、六月三十日。朝、仲井戸先輩が守衛さんに頼み込んで部室の鍵を借りました。元々の予定では昼休みに自分で行く予定だったそうなんですが、三時間目の授業の際、先生から昼に職員室に来るよう言われて、その時に三宅先輩に鍵が渡ります。しかし五時間目に体育の授業があった三宅先輩はお使いを果たすことができなかった。放課後、買い物に行きたかったので、二年の秋山先輩に更に頼みます。部室に向かう途中で先生に呼び出された秋山先輩はその場にいたこの玉井真智子に更に更にお使いを言い渡しました。私は教室の掃除があったので、その後で部室に行って、真ん前で鍵を取り出そうとしてないことに気付きました。
 その後、秋山先輩に伝えて、学内に残っていた部員で鍵を探して、見つからなくて、寮に帰ったんですね。
 ああ、鍵を探したのは仲井戸先輩、秋山先輩、二年四組の新橋未世子先輩、一年三組の宇山美里、中三の佐々木菜摘、あと私です。
 これが鍵問題の前半。これからが後半なんですがね。
 定期テストが終わった後、最初の活動日が昨日、十一日だったんですけど。大道具、劇の舞台セットって言ったら分かります? あれが壊されていたんですよ。そんなに派手なぶち壊し方じゃないんで、頑張れば大会に支障はない、かなってぐらいの壊し方。
 夏休み入ってすぐに大会があるんですよ。三年にとっては最後の舞台なんで気合入ってるんですけど、特に今年は部長の推薦がかかってるんです。いや、ちゃんと聞いたわけじゃないんですけど、推薦が決まるとしたらその大会で。
 進藤先輩は大道具班なんで、それもあって烈火のごとく怒ってるんですよねー。

 真智子の話をメモに書き留めた陽鞠は、最初の疑問に立ち返った。
「仲井戸佑花はどうして鍵を借りたんだ?」
「それに、守衛さんってそんなにぽいっと貸してくれるものなの? ずさんじゃない?」
 次いで美乃も問いを投げかけた。それに対して、真智子は鼻を鳴らしてから悠々と答える。
「演劇部は優良団体ですからね、守衛さんからの心象も良いんです。特に部長は人当たりも良く、先生方からも信頼されているんですよ」
「そういうの、良いのかなぁ」
「そもそも、窓を閉めるという『ちょっとした用事』、テスト勉強には差し支えないですし。ま、それも先輩の勘違いだったけど」
「ああ、そうそう。それも気になるんだった。仲井戸佑花の目的は窓を閉めることだったんだよね。確かにあの日は雨が降ったし、開いていたんだとしたら部屋が大変なことになるから、もっともらしいけど、本当に勘違いだったの?」
「と、言うと?」
「何か他の理由があったけど、人には言いたくなくて窓を閉めるという『理由』をでっち上げたとか」
 美乃の言葉に、真智子は腕を組んでしばし考え込んだ。スナック菓子を二、三つまむ。
「だとしたら、人に頼まなくないですか?」
「ですよねー」
 へらへら笑う美乃と真智子の横で、陽鞠はメモ帳の端に落書きをしながら唸り声を上げた。二人がぎりぎり聞き取れるようなボリュームでぽつぽつと呟く。
「なぜ三宅和美は仲井戸佑花に返さなかったのか。……優良団体のわりに、呼び出しが多いわね。三年の間だけで共有された『理由』がある? でもそれなら尚更、三宅和美が二年に渡さない。入ったらすぐに分かるような……?」
「ああ、ちょっと補足しますね。呼び出しについて。秋山先輩は普通に成績不振だけど、部長の方は進路相談らしいですよ。なんてったって推薦ですからね」
「推薦なあ……」
 陽鞠は息を吐き、手を組んだ。彼女の元からメモが奪い取られる。美乃はメモを見返し、真智子に問いかけた。
「三十日、部室の中は見られた? 何か荒らされてたとか」
「守衛さんにスペアキーで開けてもらって、中の点検はしました。……窓の確認と、金庫が無くなってないかを確認して、異常ナシですぐ解散です」
「ふーん。じゃあ違和感とかも無し?」
「違和感ですか……」
 言い淀んだ真智子の顔を見て、陽鞠と美乃は感づいた。二人で顔を近づけ、こそこそと言葉を交わす。ちらちらと送られる視線に居心地悪そうに真智子は身じろぎした。ごまかすようにわざとらしい明るい声を出した。
「お、何の会議ですか? 花いちもんめみたい」
「そうよ。あんたを仲間に引き入れるための会議」
「今、別に敵じゃないですよ?」
「そうかなあ?」
 美乃はテーブルの上から菓子の袋を取り上げた。ほとんど手が付けられておらず、ガサガサと大きな音を立てた。
「あんまり食べてないよね。これ真智子ちゃんが好きなやつなのに。やっぱりさ、ご飯を共にするって大事なんだよね。これご飯じゃないけど! ご飯はいつも食堂で共にしてるけど!」
「話が見えないわね。ちゃんと喋りなさいよ」
 陽鞠は美乃の手から菓子の袋を奪った。一人でサクサクと頬張る。
「いや、つまりね、まだちゃんと話してくれていないことがあるんじゃないかなって思うんだ。私たちはまだ信頼されていないのかな」
「ずるい言い方しますね」
「先輩ってのはずるい生き物なのさ」
「それくらいじゃ折れませんよっ」
「隠していることは確定と」
 美乃はメモに短く書き留め、また陽鞠との会議に戻る。
「吐かせるには小百合ちゃん?」
「いや森島でしょ」

「ということで連れてきました、森島愛ちゃんでーす」
「愛です。連れてこられました」
 まだ髪を濡らしている森島愛は、あいさつ代わりにひょいと片手を上げた。緩い袖口から白い腕が覗く。苦い顔をしている真智子を見て微笑んだ。
「愛ちゃん、そんなにのこのこ出てきちゃだめだよ……」
「まあまあ。真智子の悩み事なら、私だって協力したいんだよ。話してみたら? 先輩たち、ルームメイト関係は得意だと思うよ」
 愛の言葉に三人は首を傾げた。そのうち、真智子はすぐに合点がいった。ふるふると首を横に振る。
「ああ、違うよ。悩みってそれじゃない」
「あれ、そうなの。じゃあ何、成績?」
 今度は愛が首を傾げる。普段より定期考査の出来が良くなかったことは真智子から聞いていた。
「でもない。演劇部の鍵問題のこと」
「なるほど」
 頷きあう一年生に、二年生はじりじりと焼けるような目を向けた。代表して美乃が口を開く。
「何かな、何かな。真智子ちゃん、まだ悩みがあるんだ? そんで、私たちが得意な問題なんだ?」
「大丈夫です。それは自分で何とかしますから」
「残念……」
 真智子はしぼみ込む美乃をぐいぐいと押し戻した。
「でも真智子、鍵問題なら相談してもいいんじゃないの?」
「相談はしたの。相談っていうか、部の人のこととか、大体どんなことがあったかの説明」
「……じゃあ、私は何の用事で呼ばれたの?」
 真智子は愛と陽鞠、美乃の顔を順繰りに見て唸った。彼女が考え込んでいる間に、陽鞠は愛に今までの会話をざっくりと伝えた。愛は頷き、現状では真智子が隠していることに心当たりがないと言う。
 真智子は三人に見つめられながらたっぷり考えてから、たったままだった愛に座るように促した。
「部室で、袋を見たんです」
「袋。どんな?」
「雑貨屋さんのです。これぐらいの、小さいやつ」
 真智子は手で辞書ぐらいの大きさを示した。
「何だと思った?」
「誕生日のお祝いだと思います」
「どうして?」
「紙袋だけど使いまわしじゃなくて綺麗だったので」
「それだけで、誕生日のって思ったの」
「人に贈るものって、それくらいしか思いつかなかったので」
「でも、演劇部って月でまとめてやるんじゃなかった? 静ちゃんから聞いたことあるよ」
「それは……」
「部長と特に仲のいい、六月か七月生まれの人がいるのかな?」
「え、そこで何で部長なんですか?」
「あれ、部長が起点でしょ?」
「そうなんですか? いやまあ鍵を持ち出したのは部長ですけど、それとその袋が関係あるのかっていうとまだ分からないし」
「じゃあ、どうしてこのことを黙ってたの? まったく関係ないことだとは思ってなかったんでしょ」
「それは……」
「ちょっと美乃、そこまで」
 美乃の質問攻めを陽鞠が留めた。彼女の目にはどこか確信じみた色が宿っている。
「もういいの? 分かったの? ひまちゃん、ほんとに分かった?」
 今度は陽鞠に質問を投げつける美乃を無視して、陽鞠は真智子に言った。
「悪かったわね、急に引っ張り出して。とりあえず今日のところはここまで。また何か聞くことがあるかもしれないけど、後はこっちで考えるわ」
 彼女は愛にも礼を言う。
「あ、あの。補足ですけど、部長と一番仲がいいのは舞子先輩です。でも舞子先輩は十月生まれ。三年で六月生まれは三宅先輩、七月は五組の橋本麻里香先輩だけです」
「ふーん。ありがと」
 美乃を連れて談話室を離れた。自室に戻るまで、美乃はメモと真智子との会話を反芻し、陽鞠が何に気付いて会話を切り上げたのか想像した。
「ひまちゃん、結局何が分かったの?」
「分かったっていうより、決めた感じだけど。方針がなきゃ考えにくいでしょ。とりあえず、部室の袋の持ち主は仲井戸部長だと仮定する。ここから、選択肢を二つ用意した。
一、何か問題があって袋を持ち帰らなくちゃいけなくなったか。
二、鍵を預けた三宅和美にそのまま持ち帰らせる予定だったか。
 あの袋が誰に用意されたものだったのかっていうのは、三宅和美と橋本麻里香に会ってみれば分かるでしょう。そこから、一、二どっちかは決められる。もし後者で、袋に仲井戸佑花と三宅和美の両者が関わっているのだとしたら、鍵問題と袋問題を関連付けて考える。大道具に関しては、その後!」
「ふむふむ……?」
「分かってる?」
「えっとねぇ、その袋が誕生日プレゼントだったっていうのは確定なの?」
「そりゃあんた、確定よ。真智子がそう言ってる」
「動物の勘ってやつ?」
「類稀なる観察眼の賜物と言ってもらいましょうか」

 愛と真智子は、談話室で残ったスナック菓子を食べていた。
 真智子の後ろにある窓を眺めながら、愛は口を開いた。
「あのこと、言わなくてよかったの?」
「さゆりんのこと?」
「そう、さゆりん」
 真智子は菓子に水分を取られ渇きを主張する喉を、唾を飲み込むことでいなす。手についたかすを舐めてから、
「あの人たちに言うことじゃないでしょ」
 と言った。
「案外引っ掻き回して、何となく渡せる隙ができる気がするけど」
「大分賭けでしょ」
「まあね」
 菓子を食べ終わった真智子は静かに溜息を吐いた。
「一人で何とかしたいし……」
「そっか」
 真智子は徐に立ち上がると、スナック菓子の袋を丸めてくずかごに投げ捨てた。愛もそれに続く。見渡すと、他の少女たちはもう自室に戻っていた。二人は明かりを落として談話室を出た。







スポンサーリンク