2020/1/12-17葛温泉-北鎌尾根-槍ヶ岳-槍平-新穂高温泉
メンバー:M1内田、B4王鞍


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長らく温めていた冬の北鎌へ。
加藤文太郎を飲み込んだクラシックルート。緊張せずにはいられない。それと同時に、去年の後立縦走のようにトレースがあり意外とあっさり終わってしまうのではないかという不安もあった。
実際終わってみれば満身創痍もいいところ、全力を出し切ってなんとか降りてこれた。これまでの経験フル稼働で総合力の試される、とにかく厳しい山行だった。


メンバーはコバが来れなくなったのでうっちーと2人。初日は計画では始発で昼前に信濃大町着だったが、2人とも11日に休みが取れたので夜行バスで大町へ向かう。


Day1(1/12)


「今年は雪が少ないからねえ」
どこに行ってもこのセリフ。うんざりする。
タクシーの中で天気予報を睨み、水俣川の水量が少ないことを祈る。
日の出前に葛温泉のゲートに到着。くれぐれも気をつけて、と言って運転手は去っていった。暗がりの中、不安と共に2人取り残され、長い一日が始まる。
可能な限り軽量化を図ったが5日間の計画で1人25kg前後が肩に重たい。今日の目標はP2、長い歩きと渡渉が待っている。
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正午。湯俣で吊橋を渡ると取付までの沢登りが始まる。ここまでのトレースは硫黄尾根に登っていて、北鎌の方面にはここ数日で人が入った気配はない。次のトレースに出会うのは最終日だった。
我々の渡渉装備は厚手(0.05mm)の90Lポリ袋を梱包用のストレッチフィルムで固定するというもの。着脱は時間がかかるので装着し続ける作戦。
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初めの数回の渡渉をこなし完璧な装備に思えたが、行動中はひたすらに蒸れ、ずり落ちてくるので巻き直さなければならなかった。強度も不十分で浸水した。
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渡渉自体は水量も少なく問題無かったがルーファイや高巻きで神経を使う。結局P2基部に着いたのは17時頃で、尾根には取り付かずにテントを張る。


今回食事は全てアルファ米やインスタント麺などのフリーズドライで固め、お湯作りにジェットボイルを導入した。フラッシュなのでサーモレギュレータは付いていないが、プラスチックの鉢皿を敷いてカートリッジに熱湯をかけることで燃焼効率を上げた。乾燥のため毎日空焚きしたが、6日間でEPIパワープラス230gを2本半のみ。調理時間も短く済むので劇的に効率が良い。


うっちーの靴が浸水したものの、とりあえず最初の不安要素だった渡渉は終わった。明日から北鎌尾根だ。気合を入れてヘッデンを消す。




Day2


朝4時半、テントを畳む。入山前にスティーブハウスのBeyond the Mountainを読み終え士気が高まり、4日以内で新穂高まで抜けたいと考えていたがいきなりの猛烈なラッセルで早くも望みは絶たれた。
悪雪で思うように進めず、途中2ピッチほどロープを伸ばしP2へ。
ここから先は岩峰が続く。渡渉や下山路は入念に調べたが北鎌尾根上のルートの情報は見ないようにしたので弱点を探しながらロープを繋いで登っていく。どこを取っても悪い。コンディションは最悪に思えた。間違ってるんじゃないか?と疑いながら進み続けると徐々に気持ちが悪くなってくる。

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P4から見たP5,P6だろうか、よく分からない。


少なくとも北鎌のコルまでと思っていたがP5で既にタイムアップ。かろうじて平らな所で幕営。風は強く、雪が降り続いていた。目の前の崖に弱点が見えず、本当にこんな状況で独標や大槍を越えられるのか不安でならない。




Day3


夜明け前、震えながらテントを出る。
昨日幕営前の薄暗がりで見えたルートにわずかな希望を託して登る。相変わらずザラメでアイゼンは効かず、まばらな灌木を頼りによじ登ると1ピッチで小ピークに出た。同時に空が明るみ、進む尾根が見え始める。雪は止み、風もない。不思議と勇気が湧いてきた。まだ先は長いがきっと抜けられるだろう。
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標高が上がったからか雪は昨日ほど悪くないが、やはり深い。


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焦らず、確実に進んでいく。
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ついに独標まで来た。これか?と思うラインに取付くと残置スリングがある。人が通った気配があると安心して進める、自分の弱さを知る。
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独標1ピッチ目をフォローするうっちー


2ピッチ目のナイフリッジをフォロー中、足元の雪が崩れ片手でぶら下がる。なんとか這い上がり追いついた。うっちーがリードしてると簡単そうに見えるが実際取り付くとかなりシビれる。
数ピッチの後、独標ピークに出ると日が沈み視界がないのでここで泊まる。


テントはかなり狭いがおかげで張る場所を選ばない。
シュラフが凍っていて寒い夜だった。




Day4


昨日までとは打って変わって雪が硬く、確実なアイゼンワークが試される。おかげでラッセルは減ったので目的地を槍ヶ岳山荘に定める。


独標の次は大槍、と思っていたが次々現れる岩峰も厳しく、何度かロープが必要だった。
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天気は行動できないほど悪くはないのだが、谷から吹き上げる風が雪の粒と共に絶え間なく飛んできて足元が見れない。ゴーグルもサングラスも凍り付いて使い物にならなかった。まつ毛や眉毛にも氷が張り、フラストレーションが溜まる。
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13時過ぎ、槍ヶ岳が現れる。
あそこを抜ければ、槍ヶ岳山荘だ。北鎌尾根のクライマックス。
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14時頃に大槍に取り付く。いくらでもルートは取れそうだ。風雪と奮闘しながら少しずつ登っていく。
安定したスタンスまでザイル無しで登り、なんとか日の入り前には山荘に着けるだろう、そう思いフォローするうっちーを見ると動きが少しおかしい。何か言ってるのでよく見ると左のアイゼンが外れている。急いでロープを伸ばして確保する。どうやらプレートの突起がフレームと擦れて削れ、少しずれたらしい。応急処置をして進むが、またいつ外れるか分からない。
ツルベで数ピッチ登り、自分のリードで山頂の祠手前に届く。傾斜が強くベルグラの張った厳しいピッチだったがノリに乗っていた。初の槍ヶ岳。雲が切れ、夕焼けに包まれる。感動しながらビレイ点を取りセカンド。
ビレイ解除を叫ぶが強風で何も聞こえない。下も見えない。
しまった。このピッチ、目の前の弱点を縫うことに夢中で2回ほどクライムダウンをしていた。
既に日は落ち、ロープの長さを頼りに感覚でビレイする。うっちーが何か叫んでいるのが聞こえるが、「ロープ張ってー!」なのか「ロープ緩めてー!」なのか分からない。徐々に上がってきているが何度もテンションがかかり苦戦しているのが分かる。どうやら難しい直登をせざるを得なくなったようだ。ヘッデンのライトでうっちーの場所を探ろうとするが、かなり上まで来てるはずなのに一向に明かりが見えない。どうなってるんだ?
気づいた時にはすぐ下に声が聞こえた。うっちーのヘッデンは電池が切れたらしい。そして俺はロープを張って欲しい時に緩め、緩めて欲しい時に張ってしまったという。ここでどれだけ消耗させてしまっただろうか。先ほど夕暮れに感動していた自分を責める。


強風の中、山頂で電池を入れ替え下降を始める。あとは梯子と鎖に沿って懸垂していくだけだと思っていた。いずれにしても降りるしか道はない。鎖も梯子もガチガチに氷に包まれ、暗闇では見つけにくい。うっちーはテムレスが凍りつき、下降器にうまくロープを通せなくなっていた。
4回目の懸垂で鎖を見失う。よく見ると途中で左にトラバースしていた。支点にできそうなピナクルもクラックも見当たらない。戻るには目の前の急なガリーを登り返さなければならない。
気温はさらに下がり、疲労が激しい。今の俺らに登り返せるだろうか?ルートに戻っても雪と氷で埋まった鎖はまた見逃すかもしれない。暗くて山荘の位置も確認できない。
「王鞍、あそこでビバークしよう」
そうだ、今降りるのはきけんだ。体勢を立て直す必要がある。
少し上に雪面があり、掘ってみると岩陰でなんとか座れそうだった。2人でセルフを取ったままテントを被りガスを付ける。暖かい。生気が戻ってくるのを感じる。こんなにも違うものか。
行動食とテルモスを流し込み、朝を待つ。既に23時になっていた。気づけば風はなく、月と星が輝いている。下に山荘が見えた。近い。明日の朝になれば必ずあそこまで行ける。


それでも足はアイゼンのまま外に出ているし、強烈に狭い隙間で身体を折りたたまなければならない。身動きが取れず、震えが止まらない。途方もなく長い時間そうしている気がした。


Day5


やがて空が明るみ出した。とてつもなく小便がしたい。立ち上がると腰がバキバキに固まっていた。太陽が昇り、周りの山々を照らしはじめる。不思議なほど穏やかな朝だった。
救われた。最悪の状況は脱したんだ。日光が当たると身体が解凍されていくように感じた。手足もよく動くようになり、なんとか登り返してルートに戻った。
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もうあと数回懸垂して雪面をトラバースすると山荘に着く。暖かい光を全身に浴びながら生き延びたことを知る。
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冬季小屋でゆっくりとお腹を満たし荷物を整え、下山を開始する。飛騨乗越までの斜面がアイスバーンになり恐ろしい。ここ数日でアイゼンの歯とピックは驚くほど丸くなっていた。大喰岳西尾根は強風で、そこまで登る気力もなく飛騨沢を下降する。雪の状態は良いと思っていたが、いくらか降ると嫌な感じがしてきた。緩く締まった雪が深くなっていく。なるべく端の方を下ろうとするが、飛騨沢カールはあまりにもでかく、どこまでも白い。谷底からガスが湧いてきて地面と空気の境界がなくなる。突然周りの景色がスローモーションで動き出し、腰が浮いて気付いたら流されている。そんな映像が頭に流れる。冷や汗をかきながら歩く。
ふと、ここをテレマークで滑走するイメージが湧いた。優雅なフォームで綺麗なターンを描く。最高に気持ちいいだろう。冷や汗が涎に変わる。いつかテレを履いて槍ワンデイをやりたい。
やがてダケカンバが出てきて傾斜が緩くなる。あとは槍平まで下るだけだ。
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この木の下で休憩を取る。存在感が印象的だった。

それでも疲労が溜まった体は重く、ラッセルがつらい。中崎尾根に行ったら相当に激しいラッセルだったろう。
谷はとてつもなく静かだった。遠くに滝谷が見える。パチンコをやるような人たちとの距離は一向に分からない。これよりはるかにハードなクライムを繰り返したあとにあの北鎌を下るって、どういう神経してるんだ?


16時過ぎに槍平に着き、やっと本当に落ち着ける。広い小屋でシュラフを乾かしていると下界のことが次々頭に浮かぶ。目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。




Day6


今日が最終日。それでもまだラッセルは続く。うまくバランスを取って歩けない。ビバークで腰が痛い。手足が腫れてジンジンする。
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満身創痍の帰路。


涸沢岳西尾根取付きでトレースが現れる。やっとここまで来た。初日の湯俣以来の足跡。入山から誰にも会わなかった。
あとはこのトレースを辿り林道を下るだけ。ビクトリーロードと言うにはあまりにボロボロだ。成功したというより帰ることを許されたような形だった。もしあの夜、槍でのビバークで風が吹き荒れていたらどうだろう?朝に日が出なかったらどうだろう?
考えるには疲れすぎていた。トレースだけを見つめて脳みそをシャットダウンした。



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