「仲間を信じろ」

4年鈴木大吾

 

初めに、今シーズン、チームを支えてくださった保護者の皆様、OBOGの皆様、学校関係者の皆様、本当にありがとうございました。首都大学東京体育会サッカー部に入って本当に良かったです。

 

何を書こうかとても迷いましたが4年間を通して、学んだことを書きたいと思います。

一度サッカーノートに書いたことと重複している点、若干熱苦しい文章になるかと思いますが、最後まで読んでいただけると幸いです。

 

「仲間を信じろ」

僕が4年生になって間もない頃、琳星さんに言われたことです。自分の中では、物凄く心に響いたので、サッカーノートにも書きました。                                                                                                                                       

 

「サッカーというスポーツは一人ではできない、仲間がいるからできることだ。」というような言葉は、サッカーをやっていれば誰しもが聞いたことのあることだと思います。それに対し、特別何かを感じたことはないし、当然のことだと思っていました。

まさか大学生にもなってこの言葉の偉大さに気づくとは。

引退して最後に感じたこと、学んだことが結局ここに行きつくとは。

書いている現在もなんだか不思議な気分です。

 

さて、あなたは〝本気″で仲間を信じたことがあるだろうか。

 

僕が16年間もサッカーをやっていたが本気で信じることができたのは、最後の6カ月だけです。別に残りの15年6カ月テキトーにやっていたわけではありません。どちらかといえば、割とサッカーに対して真面目に取り組んできたと思っています。それでも、振り返ると仲間を信じて戦えたのは最後の6カ月ほどです。正確に言えば、仲間を信じていると思っていたのが15年6カ月、仲間を信じていたのが6ヶ月です。

 

どの組織に所属していた時も、大きいなり小さいなり不満や文句はあるものでした。なんであいつが試合に出てるんだよ、おれの方がうまいのに、お前にはこっちの気持ちはわからねえよ、数えきれないほど聞いてきました。自分も思っていました。特にチームが勝てていない時は、溢れるほどでてくるものです。

中学校の頃はキャプテンを務め、高校では副キャプテンを務め、役職という責任もありチームのことを考えていた僕は、どうしたら不満がなくなるのかよく考えていました。一見、チームのことをよく考える良いキャプテンでした。しかし、それは何よりも仲間を信じていない証拠でもありました。心のどこかになんで不満ばっか言うんだよという想いが正直ありました。大学4年になって、成蹊戦を前に1勝しかできていない状況では、チームはバラバラという感じがしました。最高学年としてなんとか変えたいとは思いつつも、試合には愚かメンバーにも入っていないため、自分のことで精一杯で、何もできないことにもどかしさを感じていました。

 

 

そんな時言われた言葉が「仲間を信じろ」です。

週5の部活に遅刻しないで来るみんなの熱量に。

 

結果は出しているのにAに上がれなくて腐っている人、交代に納得しないでキレる人、

同じ部員なのに水曜日ゴール裏しか使えないことで腐る人、そして何より負け続けているチーム。

これらすべてを信じること。

これからこいつらは試合に出て活躍するし、相手をぶち抜くようになる、そしてチームはもっともっと強くなる、大きくなる。

5日練習に来る熱量にすべてを賭ける。信じる。

 

しかし、練習が時間通りに始まらなかったり、遅刻する人がいたりと、思ったより仲間を信じることは難しいし、裏切られることも多い。何より自分が不満を言ってしまいそうになる。

 

 

それでも信じる。個人が、チームがもっと上に行くことを信じる。

 

東京都トーナメント、コーナーを直接決められ、快と朋が前半でイエロー。ひどそうな試合だ。

 

 

それでも信じる。新チームが強くなることを。

 

仲間を信じるようになって、変化したことが幾つかあります。

それは、自分が信じてもらえるようになったことです。

ミーティングでは自分の話を聞く目が変わりました。

Aで出てもBで出ても自分にボールが集まるようになりました。

気のせいだったらごめんなさい。

チームとしては成蹊戦に勝つことができ、朝鮮を追い詰め、一橋の前半は圧倒しました。

「大吾うまくなったな」「首都大強くね」

サッカーをやっていてこの言葉以上に嬉しいことはありません。

仲間を信じることでこんなにも自分が強くなることができました。

 

ただ、結果は出ませんでした。284212敗。勝ち点15

3部降格か残留か。

 

3部だろうが、残留だろうが、このチームは、首都大学東京体育会サッカー部は、もっともっと強くなる。後輩たち全員のことを僕は信じています。

 

仲間を信じるということ。サッカーの本質。いや、スポーツの本質というべきでしょうか。

16年間続けたサッカーの果てに、こんなにも美しい景色が待っているとは。

サッカーをやっててよかった。

 

最後に、感謝を伝えなければなりません。

実は、ここからは最初書いてなくて、れんた、まっすー、ふみや、おながのおかげで、書くことにしました。

 

引退しても気づいていなかったこと、それが感謝です。自分の中では封印していた怪我について。全部で13ヶ月の大怪我、二度の手術。ここで伝えます。

 

もう一度サッカーできるようにすると言ってくれた手術医さん。

高い手術代を出してくれたお父さん。

片道3時間かけ何度も来てくれたお母さん。

手術が終わるまでいてくれたおじいちゃんおばあちゃん。

二回もお見舞いに来てくれた同期。湊は三回。

なにも変わらず接してくれる先輩、後輩たち。救急車に付き添いで来てくれたれんた。

毎試合大吾のために頑張ると言ってくれたりんせいさん。怪我なんて関係ないとチームの為に活動するばしくん。

本当に本当にお世話になった樹さん。

年始の初蹴りに松葉杖で行けば、大吾とサッカーしたかったーと言ってくれる高校サッカー部の同期。

知らないのに励ましてくれて、試合に出れるようになったらおめでとうと喜んでくれた人。

 

みんなに共通していたことは、誰も辞める選択肢を、途中で挫ける選択肢を与えてくれなかったこと。当然のようにリハビリをさせ、また頑張りなさいと言ってくれる。

 

これがどれだけ素晴らしいことか、どれだけ良い人に恵まれた来たか、ようやく気づきました。

 

みんなありがとう。

 

みんなに背中を押され、支えられてここまで来ることができました。

 

恥ずかしくて、ほとんどの人に直接ありがとうなんて言ったことありません。I willに書くことさえも渋っていました。

 

でもやっぱり書くことにします。

 

みんなありがとう。本当にありがとう。ありがとうございました。

 

仲間を信じることはみんなから教えてもらいました。

 

余談ですが、今年留学でサッカー部に来ていたSamuに大学でサッカー人生が終わることを話すと、「Really!!? I can’t understand!!」的なことを言われました。

どうやら、ドイツではサッカーは一生やるものらしい。

お盆に帰省した時、父に「サッカーを辞めないでくれて良かった」的なことを言われました。

そんなことを思っていたのか。

そして縁もあり、まだサッカーを続けることができそうである。

 

 

よし、続けよう。人生80年と考えてあと約60年。頑張ります。

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